全厚生労働組合
厚生労働省関係機関(本省庁、試験研究機関、福祉施設、社会保険)に働く職員の労働組合 All Health & Welfare Ministry Worker's Union

 社会保険庁職員の雇用保障を求める意見書

2008年9月20日
自由法曹団
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1 はじめに

 政府は、7月29日、社会保険庁の解体・民営化に伴い設立される日本年金機構の「基本計画」を閣議決定した。「基本計画」は6月30日に年金業務・組織再生会議が取りまとめた「最終整理」に基づくが、自民党の意向により、懲戒処分歴のある職員を日本年金機構に一切採用しない等と「修正」され、およそ容認できない内容となっている。
 自由法曹団はすでに、「最終整理」を批判する意見書「社会保険庁の解体・民営化を凍結し公的年金の保障を」(7月19日)を公表したが、今回の「基本計画」における日本年金機構の職員採用基準を懲戒処分歴のある職員に対する事実上の「解雇」通告として厳しく批判し、その撤回を求めるとともに、全ての社会保険庁職員の雇用保障を求めるものである。

2 社会保険庁職員の雇用保障を基本的考え方とすべき

 2010年1月に設立される予定の日本年金機構は、社会保険庁の事業を承継する非公務員型の公法人であるが、職員は承継しない扱いとなっている。かつての国鉄分割・民営化と同様、選別採用を行う枠組みを「基本計画」は定めている。
 しかし、社会保険庁職員は国家公務員であって身分保障を有し(国家公務員法75条)、本人の意に反する免職ができる場合は限られているから(同法78条各号)、安易な分限免職は許されない。また、社会保険庁職員が採用を希望しながら採用されないことは事実上解雇に相当するのであるから、解雇権濫用法理(労働契約法16条)に準じ、採用基準は客観的な合理性及び社会的相当性を有することが必要である。
 近時、組織改編がなされ、職員の身分を非公務員に変更した独立行政法人や郵政事業においても、職員の雇用は承継する扱いとなっている。そのことに照らしても、社保庁職員への対応は著しく公平を欠く。
 従って、社会保険庁職員に対する選別採用や分限免職は、国家公務員法はもとより労働関係法規と裁判例に照らし到底許されないものであり、社会保険庁職員の雇用保障を基本的考え方とすべきである。

3 選別採用は専門的な知識と経験を有する職員を排除するもの

(1)恣意的な選別を目的とした採用基準

 「基本計画」は、採用される職員を「公的年金業務を正確かつ効率的に遂行し、法令等の規律を遵守し、改革意欲と能力を持つ者のみとすることを大前提」とした上で、「法令違反を犯した者や、社会保険庁当局と職員団体との間で交わされたいわゆる『覚書』に象徴される業務改革に後ろ向きな者など、公的年金業務に対する国民の信頼を著しく損ねたような者が、漫然と機構の職員に採用されることがあってはならない」と定めており、かつての国鉄分割・民営化以上の恣意的な選別採用が十分に予想される。
 具体的には、「これまで改革に後ろ向きな言動があった者についても、職員採用審査会において、改革意欲の有無や勤務実績・能力を厳正に審査し、採用の可否を慎重に判断する」としている。しかし、「改革に後ろ向き」なる概念はきわめて不明確で主観的なものであるし、「職員採用審査会において、改革意欲の有無」を審査するのは思想調査に等しい。「社保庁改革」には多くの問題点があることは、当方が既に指摘したとおりであるが、職員団体の組合員等、「社会保険庁改革」に批判的な職員はいわば「転向」を迫られることになり、組合差別の不当労働行為がなされるおそれすらある。
 国鉄改革に関して、鉄建公団訴訟東京地裁判決(2005年9月15日)は、「国鉄の分割民営化に賛成するか否かという思想自体が評価されていた」ことを不法行為として厳しく断罪している。
 また、「過去に矯正措置などの処分を受けた者については、その処分を機構の職員としての採否を決定する際の重要な考慮要素とし、処分歴や処分の理由となった行為の性質、処分後の更生状況などをきめ細かく勘案した上で、採否を厳正に判断する」としている。しかし、過去の矯正措置などの処分を採否の重要な考慮要素とすることは、後述の二重処分禁止の法理に反するおそれがある。
 「基本計画」は「業務が正確に遂行されること」が「国民にとって最大の関心事」であるゆえに組織づくりの理念として重視するとうたっている。そうであるなら、能力の実証に基づく採用がなされ(国家公務員法33条1項)、専門的な知識と経験を有する職員をそれとは無関係な採用基準により排除することは許されるはずがない。
 このように「基本計画」は最初に全体として恣意的な選別を目的とした採用基準を掲げたばかりか、以下のとおり個別的に処分歴のある職員の一律不採用を定めているのである。

(2)処分歴ある職員の一律不採用は二重処分禁止に反し、相当性も欠く

 「最終整理」は、懲戒処分歴のある職員については日本年金機構の正規職員には採用すべきではないとしながら、有期雇用職員としての採用は可能とし、採用後も正規職員への採用の道を開いていた。発足時に正規職員として採用しないこと自体不当であるが、懲戒処分歴のある職員の雇用にも配慮していたものである。にもかかわらず、自民党の意向を受けた「基本計画」は、懲戒処分歴のある職員は正規職員だけでなく有期雇用職員としても採用されないと定めた。採用基準の「修正」の理由として自民党は国民の信頼回復を挙げたと報じられている。
 しかし、懲戒処分は非違行為に対する制裁であるところ、過去に相当な懲戒処分を受けた職員が懲戒処分歴のあることだけを理由に採用されないことは、実質的には非違行為に対して新たな不利益を課するものであり二重に処分を受けるに等しい。これは二重処分禁止の法理に反する。
 また、懲戒処分の理由やその種類、時期等は一切関係なく、懲戒処分を受けた職員は一律に懲戒処分歴のある職員として取り扱われる。すなわち、懲戒処分の理由としては、年金記録の「のぞき見」や国民年金保険料の不正免除・猶予のほか、交通事故等があり、懲戒処分の種類としては、停職、減給、戒告等があるが、それらは一切関係なく、懲戒処分歴のある職員は一律不採用となるのである。
 しかし、例えばたった一度戒告処分を受けただけで採用されないこと、すなわち事実上解雇されることは、明らかに重きに失する取り扱いであり、社会通念上相当性なものと認められない。まして、交通事故など年金業務以外で懲戒処分を受けた職員を一律不採用にすることにより、国民の公的年金業務に対する信頼回復が図られるわけではない。むしろ、専門的な知識と経験を有する職員の雇用保障を図ってこそ国民の公的年金業務に対する信頼回復が図られるのである。万が一懲戒処分歴を職員の採用基準として考慮するのであれば、その期間を限定し、かつ懲戒処分の理由となった行為は重大なものだけにする等の限定をすべきである。「最終整理」や厚生労働省もそうした点に配慮し、懲戒処分歴のある職員の一律不採用だけは避けようとしたが、自民党は職員に対する敵意をむき出しにして一律不採用の「修正」をしたにほかならない。

(3)処分歴のある職員排除のための異常な枠組み

 そして、「基本計画」において懲戒処分歴のある職員排除のための異常な枠組みが作られている。
 まず、懲戒処分の対象者で懲戒処分を受けていない職員に新たに懲戒処分をすることである。いわゆる「ヤミ専従」行為を行った職員やこのような行為に関わるなどした管理職員など、「国民の信頼を裏切る重大な行為に関わった」とされた者に対し厳正な処分が予定されている。
 次に、懲戒処分の対象者を探し出し、懲戒処分をすることである。社会保険庁職員の服務違反行為調査の再調査を徹底的に行うほか、法令違反など懲戒処分の対象となり得る行為が疑われる事案についても必要な調査を実施した上、職員の採用審査に確実に反映できるようにするとしている。既に7月11日には服務違反調査委員会が設置され、全ての現職者及び1997年4月1日から2007年9月30日の間に在籍していた退職者を対象とした調査が実施された。
 このように徹底的に調査をして職員を懲戒処分にし、不採用にしても漏れがある場合にも備えている。すなわち、採用内定後に懲戒処分の対象とすべき行為が明らかとなった場合には内定取消等の対応、採用後に同様の行為が明らかとなった場合にも解雇等の対応をとり、さらに採用時には「過去に服務違反行為を行っていないことを誓約させるとともに、虚偽の誓約を行ったことが採用後に明らかとなった場合には、労働契約を解除することがある」旨を確認する書面を取り交わす等の措置を日本年金機構の設立委員会で決定の上実施するとしている。
 そもそも、懲戒処分は職場秩序維持を目的としてなされるものであり、当該行為による職場秩序の乱れが回復したのちに遡って懲戒処分をなすことは違法である。ネスレ諭旨退職処分事件最高裁判決(2006年10月6日)は、そうした理由から処分事由発生から18ヶ月後の諭旨退職処分を無効としている。しかも、管理者が認めていた「ヤミ専従」行為などについて、遡って処分をなすことは、遡及処分の禁止に触れ、適正手続き違反である。加えて、前述のように、懲戒処分歴のある職員の一律不採用は二重処分禁止に反し、同時に相当性も欠くのであるから、そのための枠組みにおける職員に対する措置も違法といわざるをえない。

4 分限免職はいかなる場合でも許されない

(1)国家公務員法78条4号にもとづく分限免職は許されない

 国家公務員に対し分限免職ができるのは、@勤務実績がよくない場合A心身の故障のため、職務の遂行に支障があり、又はこれに堪えない場合Bその他その官職に必要な適格性を欠く場合C官制若しくは定員の改廃又は予算の減少により廃職又は過員を生じた場合に限られる(国家公務員法78条各号)。限定列挙されているのは国家公務員が全体の奉仕者(憲法15条2項)としての政治的中立性を確保するためである。
 社会保険庁改革にあたって想定されている分限免職は国家公務員法78条4号に基づく分限免職であり、これは民間企業における整理解雇に相当するものである。この4号免職は戦後の大量の人員整理のために行われ、その後は1964年に2組織の各3名が分限免職されたのを最後に行われておらず、中央省庁の再編、研究機関等の独立行政法人化等においても、政府部内における配置転換等によって対応してきたのである。また、民間企業においても解雇権濫用法理や整理解雇4要件の形成を受けて、整理解雇を回避してきたのである。社会保険庁改革にあたっていわば死文化した国家公務員法78条4号に基づく免職が行われるとするならば、約半世紀ぶりに、過去の国会の付帯決議(1969年以降)等により行わないとしてきた「公務員の出血整理」が行われることになる。

(2)分限免職=整理解雇の4要件を満たさない

 年金機構に採用されなかった職員の分限免職は、民間企業における整理解雇に相当するものである。整理解雇については、4要件(@人員削減の必要性、A解雇回避努力、B解雇基準・人選の合理性、C解雇手続の相当性)を満たすことが必要であるとするのが確立した判例法理であるが、公務員の分限免職に際しても、同様の法理が適用されると解すべきである。
 この点からしても、社会保険庁職員に対する分限免職は、とうてい許容されるものではない。
 まず、現在年金業務に従事している社会保険庁職員については大幅な定員割れであり、公的年金の適切な管理のためにはさらなる人員体制の充実が求められているのであって、人員削減の必要性自体が全くない。それどころか民間から大量の人員の採用を予定している。
 そして、公的年金の管理の問題が歴代政府の責任にある以上、現在の職員に対して分限免職という手段を採ること自体失当である。
 また、専門的な知識と経験を有する職員を排除して公的年金の管理が向上する可能性はなく、年金記録問題の真相も個々の職員の不祥事ではない以上、現在の職員を職場から排除する正当性はない。
 さらに、年金記録の管理についての歴代政府の責任についての明確な説明がなされておらず、職員団体との協議も尽くされていない。

(3)分限免職「回避」という名の退職勧奨

 特に分限免職回避のため、「基本計画」は日本年金機構に採用されない職員については、退職勧奨、厚生労働省への配置転換、官民人材交流センターの活用など、できる限りの努力を行うと定めている。
 しかし、国の行政機関については定員削減が進められていて、他省庁への異動も限られている。民間企業への就職も困難である。実際に分限免職回避のため実効性のあるのは最初に掲げた退職勧奨しかない。早速、社会保険庁は、「基本計画」が閣議決定した7月29日付で地方保険事務局長宛に通知をしている。その中で、懲戒処分歴のある職員が採用されないこと、それを受けて分限免職回避の努力を行うことを「基本計画」を引用して明示した上で、懲戒処分歴のある職員に対する面談の実施を依頼し、既に実施されているところである。懲戒処分歴のある職員としては、「基本計画」が日本年金機構における一律不採用を決定し、他の行政機関への配置転換も困難な状況の下では、退職しか事実上選択肢がない。「基本計画」が定めた厳正ないし慎重に採否が判断されるその他の職員も事実上退職に追い込まれる可能性が高い。分限免職の前に、職員に日本年金機構に応募させず、職員を退職させるという意図が明らかである。

5 まとめ

 以上のとおり、「基本計画」に基づく取り扱いは長年にわたり年金業務の発展・充実のために努力してきた多くの職員の権利を侵害するものである。
 かつての国鉄分割・民営化以上の恣意的な選別採用と過去約半世紀行われなかった分限免職を強行するのであれば、多数の法的紛争を招き、その対応で多大な社会的損失と浪費が生じることが避けられない。特に懲戒処分歴のある職員を日本年金機構に一切採用しないと定めた「基本計画」の決定は、懲戒処分歴のある職員に対する事実上の「解雇」通告にほかならない。
 一連の社会保険庁「改革」は社会保険庁職員に対する攻撃だけではなく、公務員労働者はもちろん、民間労働者にもかけられた攻撃である。その結果起こる公的年金制度の崩壊による被害は国民が受けることになる。
 自由法曹団は、「基本計画」の撤回と全ての社会保険庁職員の雇用保障を求めるとともに、公的年金制度確立のための国民的論議をあらためて呼びかけるものである。
 
以 上





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