機関委任事務制度廃止後の社会保険行政のあり方について

 政府は、地方分権推進委員会の4次にわたる勧告に基づいて、1998年5月29日に地方分権推進計画を策定し、1999年3月29日に「地方分権の推進を図るための関係法律の整備等に関する法律案」等(以下「地方分権一括法案」という。)を1999年4月28日には「中央省庁等改革基本法案」等を国会に提出し、5月25日から衆議院行政改革に関する特別委員会での審議が開始されています。  この間、民主党・公明党・社会民主党等から社会保険の事務・事業をめぐって「社会保険関係事務を国の直接執行事務とすることは、地方分権の推進に逆行する。地域住民に対するサービスが低下する」「地域住民の利便性等の観点から、都道府県及び市町村への法定受託事務とすべき」「社会保険に従事する地方事務官は地方公務員とすべき」等意見が出され、政府原案の修正を求める等の報道がなされています。  全厚生職員労働組合は、地方分権推進委員会の発足以来、機関委任事務と地方事務官制度廃止後の社会保険行政のあり方について議論・検討し、次のような考え方を取りまとめました

【 概 要 】

1.社会保険行政に関する考え方

(1)社会保険行政の責任の所在と事務執行のあり方
現在、厚生省・社会保険庁で所掌する業務は厚生年金保険・健康保険・国民年金・船員保険などで、年金保険加入者数6,501万人(全体の91%)、医療保険制度加入者数7,056万人(全体の56%・組合健保を含む)、年金受給者数約3,236万人となっており、国が運営・執行責任を負う「保険事業」となっています。  社会保険制度は、国民の生存権を保障する目的から発展しています。こうした目的から、全国的に統一された保険料負担、保険給付が行われなければなりません。しかも、公的年金といったような、長期にわたる事業運営が求められている制度においては、国を事業主体とすることが必要です。また、政府管掌健康保険においても、複数の自治体にまたがる本社・支店が多く存在する中で、全国的に統一された保険料負担、保険給付が行われなければならず、逆に負担と給付が自治体によって異なることは、労働者(従業員)はもちろん、事業主にとっても大きな問題があることを指摘せざるを得ません。 さらに、その行政事務については、保険事業として専門性・特殊性をともない、しかも統一的に処理されるべき大量の事務を前提とするものであり、全国的・一体的機関によって運営する必要性から、厚生省、社会保険庁、社会保険業務センター、地方社会保険事務局(仮称)、社会保険事務所が一体となって、国の直接執行事務として処理されるべきものと考えます。

(2)社会保険行政と社会保険オンラインシステム
現在、社会保険事業は、社会保険オンラインシステムによって全国統一的に一括した事業運営となっています。社会保険関係事務を都道府県への法定受託事務とした場合は、各都道府県の電算システムとの統一性を担保する必要があるばかりか、各都道府県での独自の事業実施等について、この社会保険オンラインシステムで対応することは不可能ですから、重複した電算システムを有する必要があり、事務処理の効率化を阻害するばかりか、各都道府県に新たな財政的負担を求めることとなりなねません。  したがって、事務処理の効率性と行政サービスの拡充の視点からも国の直接執行事務とすることが、国民の利益の確保につながると考えています。

2.社会保険行政における窓口の確保について

社会保険制度で健康保険、厚生年金保険、船員保険については、社会保険事務所が直接の窓口となり、各事業所を適用対象としていることから、現行のまま国の直接執行事務に移行しても窓口を含む行政サービスは、引き続き確保されますが、国民年金については、国民ひとり一人を適用対象として市区町村長に機関委任していることから国民の利便性の確保と住民情報の活用といった点から、市区町村と国の役割分担を明確にしつつ、市区町村への法定受託事務と国の直接執行する事務とのあり方を検討しなければなりません。この際、市区町村における事務をより効率化することも重要な検討課題となります。

(1)基礎年金番号の活用による資格関係届の簡略化
国民年金制度において国民の年金権は、資格取得の届出では確保されず、保険料納付によってはじめて確保されます。しかし、資格取得等については、届出主義を基本としており、一部の職権的適用を除けば、届出がない限り事実が判明していても資格取得を確認していません。  基礎年金番号が導入され、一人一つの基礎年金番号となった現在、厚生年金保険や共済組合の記録から国民年金への異動を確認することが出来ます。既に、この仕組みを有効に活用し、社会保険事務所から直接被保険者本人に対して届出を行うよう通知しています。

(2)市区町村と国(社会保険事務所)の協力・連携と情報提供
国民の利便性と住民情報の活用から、市区町村と国(社会保険事務所)との協力・連携のあり方を検討しなければなりません。住民の生活と福祉の向上は、相互の機能と情報を連携することによって充実させることは可能です。  また、受付窓口については、社会保険事務所を市区町村数と同数確保することは困難であり、届出の受付と社会保険事務所への送付、年金に関する広報などについても市区町村の協力が必要です。  地方分権一括法案では、現在、市区町村の機関委任事務とされている各種届書の受理事務等については、住民の利便性等を確保する必要性から、市区町村への法定受託事務とすることとされています。

3.国民年金関係事務の見直しにおける具体的な考え方

(1)適用事業
基礎年金番号を活用した被保険者の届出方法、適用方式のあり方を見直すことによって、市区町村に各種届書の受理事務等を法定受託事務としても、事務処理の簡略化が可能であり、負担を軽減することも可能だと考えられます。

(2)保険料収納
保険料収納について、現行の印紙納付制度の廃止後は、適用から保険料収納まで一貫して国の責任のもとで実施することが適当であると考えます。被保険者の利便性等を考慮して、「地方分権一括法案」では保険料を取り扱うことのできる金融機関の窓口を拡大することとしています。 また、現行制度では、地方事務官が現年度保険料を収納できない(前納保険料を除く。)等の問題点があり、このことが保険料収納における行政責任の所在を不明確にしている要素となっています。

(3)相互の情報提供
国が必要とする情報は、20歳到達、住所異動等、一方市区町村においては、基礎年金番号の付番状況、資格記録等の情報が必要と考えられます。相互の情報交換があれば資格関係事務が適正・効率的に実施することも可能になるのではないかと考えられます。

4.地方事務官制度に関する考え方

(1)地方事務官制度
地方自治法附則第8条の規定により、都道府県の行政機関に勤務している国家公務員を地方事務官といいます。 また、地方事務官の指揮監督権は都道府県知事が有していますが、国家公務員採用試験合格者を都道府県の保険課・国民年金課で採用し、国が予算と人事(任命権)を持っています。なお、国の直接事務については、国が直接指揮監督しています。

(2)地方事務官制度の成り立ち
明治憲法の下、都道府県は国の出先機関で、職員の身分は、知事が必要に応じて雇用する吏員を除いてすべて国の官吏(国家公務員)でした。1947年(昭和22年)4月17日の地方自治法の制定に伴い大方の行政事務は地方に移管され、国の官吏は地方の吏員に身分が切り換えられましたが、厚生省所管の社会保険行政に従事する職員は、当分の間、国の職員とされました。 その後、変則的な「地方事務官制度」が続いている理由は、社会保険制度(保険、年金制度)が国の社会保障の中心的役割を果たすことになったことなど、終戦直後の情勢の変化も見逃すことが出来ません。

(3)地方事務官が執行する機関委任事務等
地方事務官が処理する事務は、国民年金法、厚生年金保険法、船員保険法等の事務ですが、都道府県知事に権限等が委任されている事務は、国民年金法、厚生年金保険法等のうちの限られたものになっています。したがって、都道府県知事の指揮監督権も機関委任にされている事務や権限の範囲に限られるとされています。

(4)社会保険事務所の設置、定員、権限
@社会保険事務所の組織機構
社会保険事務所は、行政組織・機構上、国家行政組織法にも厚生省設置法にも規定がなく、 厚生大臣が定めることになっています。(地方自治法施行規 程第73条@)
A社会保険職員の定員
政令で定める事務に従事する職員(地方事務官)の定員は、都道府県知事の意見を聴いて厚 生大臣が定めることになっています。(地方自治法施行規程第70条@AB) なお、社会保険職員の定員は、国において定員管理がなされています。
B社会保険事務所長への権限の再委任
社会保険関係の都道府県知事の権限は、社会保険事務所長へ再委任され、社会保険事務所長 名で事務が行われています。(地方自治法施行規程第72条)

(5)地方事務官制度の問題点
社会保険行政事務のうち、「歳入歳出関係」「社会保険関係施設」「年金給付の裁定」等は、知事に権限が委任されておらず地方事務官である国の職員が直接執行しています。 都道府県知事に委任されている「厚年・健保の適用事務」「健保の給付(付加給付が認められていない)」「国民年金の適用と給付の一部」の事務や権限も法的には知事に裁量権のない定型的な事務であり、かつ、行政施設も国の財産であり、形式的な機関委任事務です。 すなわち、国が実施すべき社会保険行政は、国の職員(地方事務官)が国の行政施設(本課を除く)を用いて直接当たっており、地方事務官が担当している事務は、知事への機関委任と指揮監督権を廃止すれば国の直接事務といえます。