国公労連は8月25日から27日まで、東京で第45回定期大会をひらき、国民犠牲・大企業本位の国づくりを許さず、憲法を暮らしにいかす行財政・司法の確立にむけた運動方針案等を採択し、新役員を選出し閉幕しました。
大会では、78人の代議員、特別代議員らが積極的に討論に参加し、全厚生の加藤副委員長が行革と憲法擁護のテーマで、山本中執が地方事務官問題をめぐって発言しました。
国公労連の藤田委員長は大会初日のあいさつで、行革関連法案の強行に怒りをこめて抗議し、「その内容が反動的であり反国民的であり、しかもその成立のさせ方が議会制民主主義をふみにじる暴挙であるからだ」と述べました。また委員長は、政府・財界のすすめる行革は「財界・大企業やアメリカの利益を第一義的に追求するものにつくりかえる一方、憲法にうたわれている国民の基本的人権の実現について国の責任を放棄するものだ」と指摘しました。
そして行革闘争は新たな段階に入ったとの認識を表明し、「反動的・反国民的な行革に反対することと国民本位の民主的行財政・司法の確立を追求することは表裏一体の関係にあり、憲法が規定する国民の基本的人権の実現、この目標を具体的に追求することが新たな段階の行革闘争の土台だ」と強調し、「憲法尊重・擁護の義務を負う国公労働者として、悔いのない運動を展開しよう」と呼びかけました。
大会では、の四点を運動基調に、当面の秋季年末闘争に全力をあげることを確認しました。
- 行革路線と対決し、民主的な行財政・司法を確立する
- 国民春闘、公務・国公産別闘争の新たな発展
- 労働者・国民の生活と権利の擁護、平和と民主主義をまもる国民的な共同の発展
- 国公産別組織の強化・発展を
秋年闘争では、などの課題に全力をあげます。また、11月21日に全労連結成10周年をむかえるにあたって、史上最大の組織勢力をめざして組織拡大に積極的にとりくむこと、12月16、17の両日に国公労連全国活動者会議をひらく組織活動の重点を確認しました。
- 「25%定員削減に反対する政府宛署名」の実施
- 独立行政法人個別法での国会闘争の強化
- 実質賃金の切り下げゆるさず公務員賃金改善部分の早期確定闘争
- 調整手当改悪反対のとりくみ
- 労働基本権確立と昇格改善のとりくみ
- 年金改悪反対など社会保障闘争
- 憲法遵守職場宣言のとりくみ
●国民的共同広げて
加藤副委員長、山本中執が発言
加藤副委員長は「行革と憲法擁護、平和と民主主義をまもるたたかい」にかかわって発言。「21世紀を目前にしたこの国の政治は、アメリカのいいなりになって戦争ができる国づくりが急ピッチですすでいる。日米ガイドライン=戦争法、省庁再編、盗聴法、君が代・日の丸法、改正住民基本台帳法などの悪法はそうしたシステムづくりとして機能させるためだ。行革闘争と憲法擁護、平和と民主主義をまもるたたかいを結合して国民的共同を広げることが重要だ」と強調しました。
山本中執は地方分権一括法にかかわって、機関委任事務を根拠として成り立ってきた地方事務官制度廃止後の組織の強化について発言しました。「50有余年つづいた地方事務官制度の廃止は、継続ではなく新しい歴史のはじまりだ。新しい歴史の幕開けにふさわしい組織として発展させたい。国公労働者のたたかいの陣地の拡大、社会保障拡充のたたかいの陣地の拡大という視点からがんばる。社会保障制度が相次いで後退させられているいまこそ全厚生の出番、国民共同の広がりを背景に全力をあげる」と決意を表明しました。
「あの…、この列は、デモはどっちへいくんですか?」集会が終わって内幸門へ向かう途中のことだった。横を同じ方向へ歩いていた年配の女性から声をかけられた。6月24日の夜、日比谷野音での盗聴法反対集会でのことだ。銀座コースで解散地点は東京駅の八重洲口だと答えると、一緒に行っても良いかという。断ることもないので、どうぞといい、全厚生の隊列についてくることになった。
聞くともなしに聞くと、年金生活で、住まいは川崎のほうであるらしい。前回の集会のときは国会コースに参加したが、帰るのに最寄り駅が地下鉄ばかりでわかりづらかったから、今度は違うコースにしたとのこと。JRの駅に出られるのがいいのだがともいっていた。
「もっと覚えやすい短い言い方がないのかしら」などといいながらも、最後までシュプレヒコールをして、解散地点まで一緒に歩き、にこっとお辞儀ひとつ、東京駅へと去っていった。
この日の集会には、自自公を除く各会派・政党の代表が参加し、労働組合も路線の違いを乗り越えて集まり、それだけで感激ものであった。が、それよりも、この一人の老婦人に感動してしまった。多分、かつては組合活動的なことをやっていただろうとは想像できるが、それだけでは、なかなかできないことだ。世の中そうそう捨てたもんではないな、とデモ後のビールをあけた。(三角美智子中央執行委員)
秋田県支部大会で意思統一
秋田県支部は8月29〜30日に第32回定期大会を開催しました。
大会では、組合員の最大の関心事である地方事務官廃止に伴う12年4月の組織変更に向けて、本部の山本中央執行委員が全般的な情勢、支部執行部が県情勢の報告をし、今後の情報発信の迅速化、共済・互助会移行の福利厚生の確保についての取り組みが確認されました。
選出された役員は、次のとおりです。
支部長 小畑 浩
副支部長 茂内 勇人
同 石塚 繁之
同 伊藤 俊治
同 新田 献
書記長 小川 稔
書記次長 佐藤 正一
各支部大会開催される
この間、各支部の大会が開かれ、新役員が選出されていますので、紹介します。
衛生院支部
支部長 徳山 久雄
書記長 寺田 宙
感染研支部
支部長 中山 幹男
副支部長 冨田 隆史
同 山本 三郎
書記長 松野 重夫
国立衛研支部
支部長 吉岡 澄江
副支部長 能美 建彦
同 関沢 純
書記長 伊佐間 和郎
全厚生定期大会9日から
第63回全厚生定期大会が、9月9日から3日間、神奈川県箱根湯本・天成園で開催されます。1999年度のたたかう方針を議論し、確立します。
中央執行副委員長 加藤 重徳
人類史上はじめて核兵器の惨禍をうけた広島、長崎。この国の政府が世界諸国の先頭にたち核兵器廃絶のイニシアチブをとることがもとめられています。国際会議で採択された「広島宣言‐核兵器のない21世紀を」では、国際法も国連憲章も無視し武力行使によって世界を支配しようとする「アメリカの横暴をおさえていくことが、平和な21世紀を実現するうえで不可欠」と指摘し、核兵器のない21世紀を築くため、「世界諸国民の世論と運動を飛躍的に前進させることが、決定的に重要である」と力つよく呼びかけています。
国際会議で日本平和委員会の須田事務局長は、「日本国憲法第九条は戦争の放棄、武力の行使ならびに武力の威嚇の禁止、一切の軍備の廃止という恒久平和主義の徹底という点で世界的にも先駆的です。2つの国際秩序が衝突する中で私たちがアメリカの戦争に協力することを拒み、憲法の平和原則を擁護するたたかいを発展させることは世界で国連憲章にもとづく平和秩序を確立する課題とかたくむすびついています。日本の平和運動と世界の平和運動が連帯する新しい条件が目の前に開けていることを展望しつつ、ともに平和のためにがんばろう」と発言しました。
私は、「広島宣言」と須田さんの発言に本当に勇気づけられるとともに、草の根からアメリカの核戦略と日本の戦争法の発動をゆるさないたたかい、そして省庁再編、内閣機能の強化を柱とした国民サービス切り捨ての「行政改革」とのたたかいと結びつけて、ねばりつよく対話と共同の取り組みを広げていくことの重要性を痛感しました。そしてとりわけ、社会保障の充実と平和と民主主義の擁護をかかげている全厚生の果たすべき任務の大きさに身の引き締まる思いをつよくしました。「社会保障と戦争は絶対に相容れない」を高くかかげて、職場平和宣言運動を成功させることが全厚生としての「核兵器のない平和な21世紀」にむけた気高い取り組みになるにちがいありません。原爆投下はアメリカのエゴ---京都支部 正木幹也
長崎への原爆投下に対するアメリカのエゴイスティックな一面を感じました。それは、戦後の日本占領を有利に進めるため、戦後の世界戦略において重要な役割を持つであろう核兵器の実験のため、アメリカの青年を救うためなど。
そして、現在でも原爆投下を賞賛する人たちがいます。しかし、アメリカ国内にもそれを批判する人たちも、多くいることを知りました。
歴史学び「反戦」叫びたい---京都支部 尾崎直人長崎での3日間はとても意義深かった。特に被爆者の方の体験談は大変重みがあり、戦争に反対する気持ちが一層強くなった。ただ、こうした主観的な話だけで「戦争反対」を叫ぶのでなく、理論的・体系的に戦前・戦後の歴史を学んで、更にこうした話からの結論として「反戦」が導きだされるべきだと思う。
長崎の平和教育の柱は祈り---京都支部 藤原大介長崎県地方には、戦国期以来の幾度もの迫害にもキリストの教えを守り通したという歴史があります。そんな風土の下での原水爆禁止世界大会でしたが、中でも印象的だったのは、ある被爆者の方の言葉でした。「長崎の平和教育の柱は『怒り』ではなく『祈り』、その象徴が平和祈念像なのです」。
そこには、平和に対する単純な善悪の二元論の危険性を理解し、平和を祈り続ける姿の尊さが見えました。
若者の熱意が力強く輝いて---京都支部 石橋里子大会に参加し、最も印象に残ったのは、中高生など若者の平和に対する熱意です。原爆資料館の屋上庭園に建つ「ふりそでの少女像」は、京都府綾部市の中学生が長崎の原爆で娘を失ったおばあさんの願いをもとに、全国の人々の支援によって建てたものです。
未来を生きる若者たちが、悲惨な過去を風化させず、平和は誰でも創れることを訴える姿は、力強く輝いていました。平和を思う大切さと、物事に対する熱意と努力を思い出させてくれました。
核実験した人達も苦しんで---神奈川県支部 永井隆雄今回、分科会で被爆者の話はもちろんですが、核実験被害者の話も聞くことができました。今までは被爆者の気持ちに置き換えて核兵器の恐ろしさについて考えていました。被爆者や遺族の心の中は、今でも核保有国の指導者への怒りや憎しみが残っていると思ったからです。それがこの核実験をした人達も被爆者と同じ放射能汚染によるダメージを受けて、苦しみながら今まで必死に生きてきたんだと非常につらい気持ちになりました。「核兵器のない21世紀」のために、一番身近な職場の青年に一人でも多く伝えたいと思います。
核兵器廃絶へ体験談伝える---神奈川県支部 澤田泰介被爆者の体験談を聞く度に思うのは、どの人も身体的な傷よりも心に受けた傷の方が大きいのではないかということです。現在、地球上には、依然として核兵器が大量に存在しており、核保有国の核軍縮も遅々として進んでいません。私たちは唯一の被爆国の人間として核のおそろしさを伝え、広めていき核兵器廃絶に向けて努力しなければなりません。私も少しでも力になれるように被爆者の体験談を次の世代へと伝えていくように活動をしていきたい。
核兵器開発より廃絶考えて---神奈川県支部 米岡治子ある被爆者の言葉「原爆の被害は一つではなく、その被爆者の数だけある」は、まさにその通りだと思います。それなのになぜ世界では競うように次々と大量殺人兵器でしかない核兵器を開発するのでしょうか?私には理解できません。核兵器を開発するよりも、むしろどのようにして核兵器をなくしていくかを考えるべきだと思います。その為に世界で唯一の被爆国である日本やその日本に住む私たちは一体何が出来るのかを考え、行動し続けていくことが大切だと強く感じました。
「原爆投下は実験」に怒り---神奈川県支部 新井美紀初めて長崎の地に立ち、生まれて初めて原水爆禁止世界大会に参加しました。分科会では、核実験に兵士として参加していた方の話が印象的でした。彼は、きっぱりと言いました。「広島・長崎への原爆投下は戦争を終わらせるのものではなく、実験であった」と。彼の話を聴いて、本当に原爆というもの、そしてそれを保持し使用をもくろむ人達に怒りを覚えました。戦争や原爆をなくすためには、事実を知らせることが大切。より多くの人にこのことを知って欲しいと思います。