「公務員倫理法」にかかわる国公労連の見解
   1998年3月  日本国家公務員労働組合連合会

1 深刻な官僚腐敗の実態が相次いで露呈する状況に対する国公労連の基本の認識@ 近年、深刻な官僚汚職事件が続発している。厚生省官僚のトップである事務次官が、社会福祉法人代表者から多額の金銭提供等を受けていた事件や、大蔵省の金融行政に携わる官僚が銀行等から繰り返し接待を受け、その見返りに職務上の便宜をはかっていた事件などは、行政組織全体が関係業者と癒着し腐敗しているとの疑念を国民に抱かせるものである。  そのような官僚の汚職事件が発生するたびに「綱紀粛正」が叫ばれ、公務員個々人の倫理観が問題にされてきたが、前述のような「組織犯罪」ともいえる深刻な事件が相次いでいる実態をみれば、問題の所在はより根本的・構造的なものであると考える。 A 官僚腐敗の構造的な原因の一つは、いわゆる「天下り」の問題である。先進諸国では例をみないわが国特有の事情といえわれる「天下り」は、いわゆる「キャリア」官僚を中心に、各省がその生涯の面倒をみる点に特徴があり、その権益確保をはかろうとする各省の要請と、「天下り」を受け入れる企業や業界団体の「思惑」が癒着の温床にある。  同時に、政策執行の細目について、政省令への委任が幅広くおこなわれている行政の実態が、官僚の裁量権を拡大し、これへの政治的な介入が繰り返しおこなわれる実態が、いわゆる「政・官・財」の癒着をより深刻なものにしてきたと考える。 B この点では、80年代からの臨調行革路線のもとで、国会審議が軽視される一方で、審議会等をつうじた「政・官・財」の談合が強まり、癒着と官僚の腐敗を加速したことも指摘できる。この間の行政改革は、「政・官・財」の癒着を深刻にしこそすれ、解決の方向には向かってはこなかった。  議院内閣制のもとでは、政権党と行政との癒着が生じやすく、それだけに行政の中立性の維持が重要な課題となるが、その点の制度検討はおざなりにされたまま今日にいたっている。 C このような、「政・官・財」癒着の構造は、公務員制度だけでは解決できない社会構造の問題が横たわっているが、そのために改革の第1歩を踏み出せないというものではない。構造的な官僚の汚職事件の発生を防止するためにも、「政・官・財」を結びつけている「官僚の天下り」と「企業、団体からの政治献金」を禁止し、国民の知る権利を保障した「情報公開法」の制定が、いまこそ必要だと考える。 D 官僚腐敗の構造的な問題の二つ目は、「身分差別」ともいえる「キャリア」を特権視、優遇する公務員制度運用の現状である。  強固な階層制が構成される官僚機構のもとでは、上司に対する従属関係が生じやすく、そのことが不正を内部からただすことを困難にしている。そのことから、行政機構の内部の監視とチェックの機能を整備することが本来、もとめられている。  しかし、現行の公務員制度では、上司の命に服従する義務を規定するのみであり、現実の状況でも「内部監視機能」を発揮する民主的労働組合などを忌避することも散見される。1960年代に、大蔵省が全国税、全税関に対し「マル生」攻撃をおこない、今日も不当な対応を続けているのはそのことの端的な表れである。 E このような官僚制度のもつ本質的な問題点にくわえ、戦前の「天皇の官吏」の残骸ともいえる「キャリア」を特権扱いして「封建的身分差別」を温存する人事管理が今なお続いていることが、わが国特有の官僚腐敗の状況につながっている。  そのような処遇をされる「キャリア」が政策の企画・立案を独占し、政治との垣根が低くなる中でより権限を集中させてきたことも指摘できる。行政の肥大化といえわれることの実態は、特権官僚の権限肥大化であると考える。  付言すれば、「政・官・財」癒着の中心も、一部特権官僚と政権与党、業界トップ企業の関係に集中される問題であり、行政執行や政策立案過程の重要な情報が与党に集中して提供される現実などは、そのことを端的に物語るものである。 F これらのことからしても、「キャリア」公務員を特権化する人事管理の根本的な是正と、公務部内を民主化する立場で、労働組合の位置づけもふくめた内部からの監視・チェックの仕組みが検討されなければならないと考える。  以上の2点が、官僚腐敗の構造をあらためるための当面する基本の課題であると考える。その点に踏み込まないままに、公務員の倫理観のみを問題とする対処では汚職事件の根絶は不可能である。
2 「公務員倫理法」についての国公労連の考え方 @ 現行の国家公務員法でも、憲法第15条をうけて、「国民全体の奉仕者として公共の利益のために勤務すること」を公務員にもとめ、「信用失墜行為」など公務員の倫理観にまで踏み込む規定ェ設けられている。  しかし、刑法上の収賄容疑の要件として、金銭の授受と併せて「職務上の権限」の有無が問題とされ、その立証が困難な上級公務員の不正についての追及が困難となることがこれまでも繰り返しあったことや、「社会通念上」との美名のもとに「現金さえもらわなければ」とする風潮が少なからず見受けられることは事実である。  また、公務員法上の懲戒処分等の権限が任命権者にあることから、とりわけ特権官僚の不正事件については、いわゆる「身内意識」による裁量によって、これまでに発覚した事件でも省庁間の不公平さや、省内でも特権官僚と一般公務員との間などで、恣意的とも考えられる不公正な処分がおこなわれてきたことも否定できない。 A 96年12月に、事務次官会議の申し合わせを受けて、国家公務員全体を対象とする「公務員倫理規定」が制定されているが、この間の大蔵省官僚の汚職事件の容疑が、その規定制定後におこなわれた「接待」にもおよんでいることは、国民をして、「公務員倫理規定」の有効性に疑問を抱かせるに十分な事実である。  なお、この「倫理規定」が関係業者との接触等を対象とし、「政・官・財」癒着構造や「キャリア」優遇の特権人事などには全く目を向けていないことの不十分さは、同規定制定時に国公労連としても指摘をしているところである。 B 以上の点での国公労連としての問題意識をふまえ、官僚に対する国民の不信が極限ともいえる状況にいたっていることや、これまでも繰り返し「綱紀粛正」が叫ばれながらその実行性が必ずしも十分とはいえない現状にも着目すれば、「公務員倫理法」の制定もふくめて、国民の行政に対する信頼回復の具体的な対応がこれまで以上にもとめられている考える。 なお、「公務員倫理法」の制定にあたって、「倫理規定」がすでに存在することや、官僚の不正、腐敗が、いわゆる政策及び政策実施における企画・立案部門でより深刻な実態にあることに照らし、かつ多くの公務員労働者が厳しい労働実態のもとで行政サービス提供のため日夜奮闘している事実からして、すべての公務員を一律に扱うのではなく、職務の権限や業務の実態に照らした異なる取り扱いをおこなうことは当然だと考える。
3 公務員倫理法の内容についての国公労連の意見  公務員倫理法については、民政連、新党平和、自由党、共産党の4党が、共同で法案を提出しており、自民党など与党でも同様の検討がすすめられている。また、政府にも内閣官房副長官を責任者とする検討グループが設けられ、その検討をすすめている。  このような政府及び各政党の検討状況もふまえつつ、国公労連としての公務員倫理法制定に向けた基本的な意見を以下のとおり表明する。 1) 公務員倫理法の法的根拠について  ・公務員倫理法は、憲法第15条を基本に、国家公務員法が目的とする「公務の民主的かつ効率的な運営を保障する」ものとすること。  具体的には、一般職国家公務員にかかわる「公務員倫理法」については、国家公務員法第96条(服務の根本基準)との関係を明確にする必要があると考える。 2) 国家公務員倫理規定との関係等について  ・法にもとづき、政府に「国家公務員倫理規定」の制定義務を付すると同時に、現行の倫理規定が「関係業者等との接触」のみを対象とする不十分なものであることから、憲法第15条の理念を具体化する上で必要と考えられる次の点を倫理規定の対象とする。  ア) 政党、政治家との接触等について  イ) 直接権限がおよぶ部下からの贈与等について 3) 不正、腐敗についての内部告発の保護について  ・職員が適当な機関に対して不正、腐敗の告発をおこなう権利を認め、それを保護するため、「告発したことによる不利益取り扱いの禁止」及び「不利益取り扱いについての罰則等」を設けること。 4) 公務員倫理法の実効担保の体制について  ・現行の倫理規定では、各省官房長等の兼務となっている実効担保体制をあらため、独立・専任の組織を各省単位に設置すること。 5) 贈与等の報告  ・より影響力の大きい職務権限等をもつ「本省課長級以上」の職員については、一定金額以上の贈与等の有無などについて、任命権者に対する報告をもとめること。  ・指定職俸給表の適用職員については、一定金額以上の賃金以外の収入や資産状況についての報告をもとめること。 6) 贈与等の報告書の扱いについて  ・贈与等の報告書については、プライバシーの保護が必要であり、「直接的な利害関係を有する者」などに限定して公開するよう規定すること。   なお、当然のことではあるが、贈与等の相手方を明らかにするすることを規定すること。 7) 「国家公務員倫理審査委員会(仮称)」について  ・国家公務員法との整合性をはかるためにも、同審査会は内閣が所轄し、告発等もできる独立機関として検討すること。その際、懲戒処分等にかかわる中央人事行政機関の権限との調整をはかる必要があることはいえうまでもない。 8) 罰則等  ・報告書を故意に提出せずあるいは虚偽の報告をおこなった場合及び同一の業者等から繰り返し贈与を受けているなどの悪質な事例については、国家公務員法による懲戒処分の対象とする規定を設けること。  ・なお、懲戒処分に対する職員の対抗規定を設け、乱用を防止すべきことはいえうまでもない。  9) その他  ・民主的公務員制度の確立ともかかわって、いわゆる「会議費」等、公務運営上必要な予算の検討が必要である。公務員倫理法とは直接的な関係ではないとしても、職務規律ともかかわる問題であり、早期の検討が必要であることを申し添える。
以  上

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