『行政改革に対する全法務の見解』  1997年8月1日


全法務労働組合は登記・供託業務の独立行政法人化に反対します

1、橋本『行革』のねらいと進捗状況

 1996年10月に発足した第2次橋本内閣は「増税なき財政再建」を基調にした第2臨調路線の破綻による、わが国の社会・経済の閉塞状態と「財政赤字」を労働者・国民に転嫁し、21世紀のわが国を「日米安保と大企業本位の国家」にするため、「行政改革」「経済構造改革」「金融システム改革」「社会保障構造改革」「財政構造改革」「教育改革」の6つの「改革」を「一体的に断行しなければならない」と第140回通常国会の施政方針演説で表明しました。

 a)「6つの改革」の中核をなすのが「行政改革」
 96年11月19日には「行政改革」を実施するため「行革会議」を設置、橋本首相自ら会長に就任し行革断行の決意を示すなか、次の日程を明らかにしました。
 ・行革会議発足後1年以内(1997年11月)に成案を取りまとめる。
 ・1997年(今秋)11月末までに必要な法案を作成する。
 ・1998年の通常国会で法案の成立をはかる。
 ・2001年より具体的実施をめざす。
  ※自民党の行政改革担当が、行革会議にたたき台として提出した考えは、現在の22の省庁を10省庁程度に再編し、現在85万人の国家公務員を中央省庁のみの3万9,000人体制にすべきというものです。

 b)「行革会議」の検討課題はつぎの通りです。
 @21世紀における国家機能の在り方
 「国家存続のための機能」
 「国富を拡大する機能」
 「国民生活を保障する機能」
 「教育や国民文化を醸成、伝承する機能」
 Aそれを踏まえた中央省庁の再編の在り方
 「現在22の中央省庁を10省庁程度にに再編する」
 「政策立案部門と制度執行部門を分離し、制度執行部門は外庁化または民営化する」
 B官邸機能の強化のための具体的方策の策定

 c)急ピッチで検討を進めている「行政改革会議」
 行革会議は設置以降、急ピッチで検討に着手していますが、国家行政組織改革の項では、政策立案部門(本省)と制度執行部門(地方出先機関)の分離し、制度執行部門を外庁(エージェンシー)化、及び民営化することを検討しています。

 d) 行政改革会議の各省庁ヒアリング開始(5月〜6月)
 各省ヒアリングは5月7日から開始され、法務省関係では入管・公安・人権業務の他に、法務局業務の「登記・供託の独立機関化(外庁化)について」説明を求めてきました。
 これに対して法務省は、「法務局の所掌業務は国民生活に密着して運営されており、現行の執行体制が国民の期待と信頼に応える組織・体制になっている」事を説明し、「独立機関化(外庁化)することで組織の分散・弱体化を招き、その運営は非効率になり、国民の信頼を失う」として反対の意思表示をしました。
 ※この対応について、行革会議は『省庁は「改革」に消極的』として、自己改革案の提示を要求してくるなど、「改革」ありきの姿勢を明確にしてきています。

2、行革モデル(外庁化)は「英国サッチャーの行革」

 a)制度執行部門の外庁(エージェンシー)化とは?

 <英国のエージェンシーの現状>
 ・1979年英国のサッチャー政権は「行財政改革」に着手し、1988年にはスリムな政府をつくるとして、制度執行部門を国家行政組織から分離し、外庁として自主的に運営させています。
 (現在132の行政組織が外庁化されている。)
 ・サッチャー、メージャー政権の「行革」により1979年(行革の前)時点の全国家公務員定員約75万人は1994年7月、51万6,890人1996年4月、49万4,292人と激減しました。
 このうち70.8%(35万126人)がエージェンシーに所属しています。
 ・予算節減については例えば92年から95年の間に26億ポンド(4千数百億円)分の事業が見直され、2万人の人員純減と単年度ベースでの5億4千万ポンド(約900億円)の予算節減を達成(外庁で6割を達成)しています。

  <主なエージェンシー>
 1)国民全般に対するサービス提供機関として、運転免許局
 土地登記庁 刑務所 雇用安定庁 旅券局 気象庁 児童扶養庁etc
   2)行政機関に対するサービスの提供機関として、政府広報局 公務員大学校 統計局 造幣局 etc
   3)研究機関として、科学研究所 資源研究所 建築研究所etc
   4)規制機関として、会社登記庁 特許庁 車検局etc

 <エージェンシーの特徴>
 ・行政サービスでの収入が経常経費の支出に均衡することが見込まれる場合、独立基金(独立採算制)の運営が認められており、現在16の外庁が独立基金で運営しています。
 ・外庁は個別に定められる基本文書により(業務目的・目標・内容が公表される)運営され独立制(自主性)が与えられています。
 ・外庁運営には民間経営的手法が導入され、常に「効率性」の向上が求められています。
 この場合、「効率性」は、運営経費の節減目標・1件処理のコスト期間の削減目標の達成度などで評価され、行政機関にもよりますが、効率が得られない場合は民営化又は廃止されます。
 ・外庁の長は多くが公募により決定され、民間人が登用される場合もあります。その結果、現在132のエージェンシーのうち82ポストについて、公務内外からの公募が行われ、現在34人の民間人が所管大臣との契約で就任しています。
 ・外庁の職員の給与(現在31機関が独自の給与体系)、人事管理基準(定員を含む)は多くの外庁が自主的に定めています。
 なお、給与制度には業績給が導入されています。

 <その他>
 ・市民憲章表彰 外庁はサービスの基準、情報の開示、選択の余地、丁寧・親切、正確、費用に見合った価値の基準で顕著な改善効果をあげると表彰されます。
 ・マーケット・テスティング(市場試験)は1993年から導入されている制度で、行政機関の一部業務について民間企業等からの入札を行わせ(当該行政機関も入札に加わる)民間が安ければ民間委託します。この場合職員は失職又は、民間に再就職することになります。93年、94年の2年間に11億ポンド分の業務が民間企業に落札され、公務員26,900人分の仕事が民間に移りました。
 しかし、民間に就職できなかった16,000人は失職しました。
 現在までに16の機関が民営化されていますが、英国政府はこの政策を重視し一層推進してきています。

 b)英国エージェンシー実態調査の概要
 全法務は英国・ドイツに代表を派遣し、「行革」の実態について5月26日より6月6日に調査を実施しましたが、その概要はつぎの通りです。

 【土地登記庁の実態】
 ・土地の登記を取り扱う「土地登記庁」は大法官省(法務省)の所管で、1862年設置されて以来独立行政機関として運営されてきましたが、行革により1990年7月に外庁化されました。
 ・長官は前英国鉄道出身の民間人で経営の専門家です。
 ・定員は次の様に推移しています。
   1989年4月→11,617人 1991年11月→10,151人 1996年4月→8,167人
 ・エージェンシー化以降定員は激減してきていますが、最終的には7,500人位で運営が可能とのことでした。なお、定員減は自然退職不補充方式を採用しています。
 ・正規職員78.74%、パート職員21.26% で全体に女性職員の割合が多い状況です。
 ・ロンドンに土地登記庁(本庁)があり、業務目標・内容などを策定、人事管理、会計官を設置し財務管理をしています。
 ・1993年独立基金(独立採算制)となり、収入源は手数料および申請料で確保しており、最近は収入が支出を上回っているため手数料の引き下げを実施しています。
 ・OO地区土地登記局は19カ所(地方法務局のような組織)で登記現場、ただし、支局・出張所のような出先機関は配置していません。
 ・土地登記庁はこれまでに2回運営に顕著な改善効果があったとして市民憲章表彰(チャーターマーク)を受けています。
 ・業務の民間委託は実施していませんでした。
 ・土地登記局には託児所が常設されており、夏季一時的な託児所の開設も行われています。

 【会社登記庁の実態】
 ・会社登記庁は貿易産業省(通商産業省)が所管しており、1988年10月に2番目に外庁となっています。
 ・登記庁の長官は石油会社出身の民間人で民間経営的手法の導入は随所に見られました。
 ・定員の推移は次の通りです。
   1989年7月→1,163人  1991年11月→1,100人 1996年4月→955人
 ・定員減は退職不補充と非常勤職員への切り替えで対処しています。
 ・ウエールズのカーディフに会社登記庁(本庁)があり会社の設立・情報の収集・登録・提供を主な業務としています。
 ・情報公開窓口(サテライト)が7カ所(数名の職員配置)配置してあり、コンピュータ端末機を活用して情報提供しています。
 ・1991年10月に独立基金(独立採算制)となり、職員給与は独自体系を設定しています。
 ・土地登記庁と同様改善効果があったとして、過去2回市民憲章表彰されています。

《わが国の登記部門と英国の土地登記庁との単純比較》

日 本 英 国
1996年度の定員 10,111人 8,167人
組織機構の数 987箇所 20箇所
96年度予算 約1,700億円 約422億円
取扱業務量 2億7,000万筆個 注 1,600万登記簿
95年度事件数権利 3,100万件 427万件
95年度謄抄本数など 5億1,000万件 978万件
コンピュータ化 2005年度完成予定 1998年完成予定
登記申請処理時間 3日〜10日 目標25日以内に
謄抄本発行 20分〜120分 目標2日以内に
申請形態 本人出頭主義 郵送・電話(謄抄本)

 注 登記の対象は所有権と賃借権のみ、それぞれの権利について登記簿を編成している。(日本の筆個数とは違う)
 ※英国国民の土地に対する価値観の違いに加えて、登記(登録)制度・処理方式・行政サービスの内容・取り扱い業務量の違いエージェンシー化以前の定員の状況などから、数値だけで単純にわが国の制度と比較できませんが、定員減を可能にしてきたのは経済停滞による業務量の減少と、業務のコンピュータ化が主な原因と推測できます。
 このように毎年定員が減少していても土地登記庁はなお大きな組織として、運営されており登記現場の視察でも職員はゆとりをもって業務処理していました。

 b)英国の行革の影の部分は次の通りです。
 一部のエージェンシーは問題なく運営されているが、「行革」全体では社会福祉・医療などで多くの問題が発生してきており、かつての「ゆりかごから墓場まで」の福祉国家の面影はなく貧富の較差も拡大してきている。

 《特徴的な問題点》
 ・外庁の効率化追求で不安定労働者増加、雇用不安が増大してきています。
 ・所得格差の拡大、社会的弱者への犠牲の転化がでてきています。
 ・政府からの地方への補助金削減は地方税の引き上げとなってきています。
 ・福祉諸制度、保険医療の後退が顕著で「福祉国家の崩壊」といわれています。
 ・行政全般に「利潤原理」を導入し「能率イデオロギー」を最優先している政策は、弱者切り捨て・行政サービスの質の低下に繋がってきています。

《英国公務員労組「CPSA」および、「PTC」の意見》
 ・エージェンシーは独立行政機関と言われているが、実際は所管省庁や大蔵省の干渉からは逃れられない。
 ・行政機関に働く職員(公務員)としての帰属意識の低下が起きてきており、この事は政府が次の段階としてねらっている民営化を容易にしている。
 ・同一職種でもエージェンシーの違いで月に£100(2万円)の賃金格差が生まれてきている。
 ・業績給による賃金格差が拡大し職員のストレスは過剰になっている。
 ・エージェンシーの効率化追求は国民にも負担になっている。たとえば、税務署で納税者に対する相談がなくなり、間違って納税すれば納税者にペナルティーが課せられるようになった。

3、行革会議が明らかにした独立行政法人とは? 職員の身分は「見なし公務員」?

 行政改革会議は省庁をスリム化・効率化するためとして、制度執行部門を英国をモデルにした「外庁」にするとしてきましたが、公表された「外庁」の具体像である独立行政法人(エージェンシー)は、多くの点で英国のエージェンシーそのものであり、これをわが国の行政組織にそのまま導入すると、国の行政に採算性などを導入することになり、全国一律の行政執行体制は崩壊し、行政に対する国の行政責任の放棄となることは避けられません。
 さらに、職員には争議権を保障するなど限りなく民間労働者に近い身分にする考えであり、現行の国家公務員とは性格を異にする、いわゆる「見なし公務員」としています。
 これはわが国の公務員制度が、国家公務員は全体の奉仕者と規定し公正・中立の行政執行を求めていることにも反する重大な問題と考えています。

4、登記・供託を外庁化(独立行政法人)した場合の問題点

 a)登記・供託の制度執行は政策立案部門と密接不可分の関係にあり、この関係での登記・供託部門の運営が行政に利用者の声を反映し、制度を利用する国民の利益につながっています。
 したがって、外庁化で制度執行部門を分離することは、非現実的で非効率的な行政になることは明白になっています。
 (国民生活の変化、行政に対するニーズなどを制度執行部門で把握し、政策の企画立案部門に反映させるなどのケースが多い)

 b)登記・供託制度は国民の財産および権利義務などを確立する凖司法的要素をもっており、国民からは高い信頼と期待が寄せられている制度として機能しています。
 したがって、制度執行にあたっては、常に公正・中立が求められており、現行の組織形態が最も信頼の得られるものとなっています。

 c)登記・供託以外の戸籍・国籍・人権・訟務などの国民生活に密着した業務も法務局の重要な所掌業務であり、法務局から登記・供託業務を取り出して外庁化することは、それ以外の業務の執行体制の著しい弱体化を招き現状より非効率的になるばかりか、国民からの法務行政に対する高い信頼と期待を失うことになります。

 d)登記・供託業務が外庁化された場合、行政運営に民間的経営手法が導入され、常に行政経費・定員の削減など前提にした「効率的」執行が求められることから、必然的に行政サービスの質的低下・切り捨て等が具体化し、「採算重視」の運営で大規模な組織の再編(統廃合)などが避けられなくなります。
   特に地方の小規模零細の出先機関の存続は一層困難になってきます。これらの事由から、多くの国民は全国一律の法務行政サービスが受けられなくなり、法務行政に対する信頼は著しく失墜すことになります。

5、「行革」は行政経費・国家公務員の削減が前提

 行政経費の削減は国民生活向上に必要な行政・組織機構の切り捨てに直結し、必然的に行政サービスの低下につながります。
 わが国の国家公務員数については、既に人口1000人あたり37人と欧米諸国の半分から三分の一程度(英国77人・仏93人・米71人)となっており、『先進諸外国にあっては最も効率的である』と総務庁自ら表明してきています。
 さらに、公務の正規業務の一部の民間委託化もすすんでおり、大量の定員外職員も採用しています。
 外庁化での定員削減は行政サービスの質的低下・切り捨てとなり、犠牲にされるのは労働者・国民です。

6、行政改革に対する全法務の考え

 a)行政改革については、全法務も必要と考えており、当面次の視点で実施すべきです。
 @「政・財・官」の癒着構造をたちきり、汚職、腐敗を根絶すること。
 A「行政公開の原則」にたって国民に開かれた行政を確立すること。
 B行政機構の見直しは必要と考えており、見直しにあたっては変化する経済構造・社会・生活様式などのなかで憲法の理念を生かし、国民生活を向上させる事のできる真に効率的な行政機構と執行体制の確立を重視すること。
 C財政再建にあたっては不要不急の公共事業などの「無駄遣い」と、大企業・大資産家優遇などの不公平税制を改めること。

 b)法務局の組織機構改革については次のように考えています。
 @橋本内閣が実施しようとしている登記・供託業務の外庁化は非現実・非効率であるため実施すべきではありません。
 A法務局の所掌業務は国が責任をもって執行すべきであり、民間的経営手法を持って運営すべきではありません。
 B法務局の所掌業務は何れも国民生活に密着しており、国民生活向上のためには組織機構の一層の充実・強化が求められています。そのためすべての組織に法務局の所掌業務を遂行できる機能(ミニ法務局構想)を持たせ、国民生活の向上に寄与することをめざします。

 <ミニ法務局構想を提起する主な理由>
 @全ての出先機関に現行の課制支局と同程度の機能を持たせ、法務行政全般の行政サービスが提供できるようにする事は、今後の国民生活に極めて有益であり、かねてからの国民のニーズである。
 A登記行政については、コンピュータ化の進展に合わせてオンラインによる、登記情報の提供及び交換など多様な国民のニーズに適応した、各種情報化の政策の具体化により、遠隔地からも情報の入出力が可能な状況にある。
 B行政経費の真の効率的執行が計られる。

 c)法務局の財政基盤の確立については次のように考えています。
 @登記部門は乙号手数料の他、甲号手数料を創設し財源を確保することとします。
 なお、この場合、登録免許税と乙号手数料については大幅に引き下げさせます。
 A登記・供託業務以外の業務の執行に必要とする経費については、一般会計からの繰入などを検討します。

 d)将来は法務局の所掌業務全般を取り扱う特別法による「民事法務庁」の実現をめざします。
   「民事法務庁」は現在行政改革会議が検討している外庁とは別の法務省所管の現行制度上の外局で予算権 ・人事権を伴った組織とし、大蔵省などの規制を受けず「自主的」な運営で社会・経済の発展と国民生活向上に寄与します。

                           以 上


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