「行政改革」〜省庁再編・エージェンシー化などで、どうなる労働行政

−労働行政の後退を許さず、職員の雇用と労働条件を守るために

【全労働省労働組合の作成したパンフレットより(1997年6月作成)】

 はじめに  「行政改革」は、今日、国政の最重点課題の一つと位置付けられ、行政改革会議(議長:橋本首相)を中心に、中央省庁の再編、政策立案部門と政策執行部門の分離(エージェンシー化)などについて、急ピッチで論議がすすめられています。すでに行政改革会議は、「省庁ヒアリング項目」(4月16日)、「中間報告」(5月1日)、「中央省庁の在り方(イメージ試案)」(5月28日)などの公表を通じて、同会議がめざす「行革」の基本方向を明らかにしています。
 そこには、労働省の解体が具体的な検討の俎上にのぼり、労働行政の基木を揺るがす重大な危険性があります。
 私たちは、労働行政に直接従事する国家公務員として、また、労働行政の民主的な発展を自らの生きがい、働きがいとしてきた者として、労働行政のゆくえに重大な関心を持たざるを得ません。それは、労働行政の将来が、わが国のすべての労働者の権利と生活に直結する課題であるからであり、同時に、自らの雇用と労働条件にかかわる重大な問題であるからです。
 今日、多くの労働者が景気の低迷とリストラ「合理化」による雇用不安のただ中にあって、長時間労働による過労死の不安と日々対峙しており、こうした状況を改善するため、労働行政の拡充強化が求められています。
 現在、推し進められている「行革」の危険性、欺瞞性を広く明らかにしながら、労働行政の後退を許さず、拡充強化こそが必要との世論を攻勢的につく上げていくことが求められています。
 「本冊子」等を活用した積極的な討議が労働行政のすべての職場で進められ、「行革」をめぐる情勢への理解を互いに深め、すべての仲間がたたかう方針へ結集することを訴えるものです。

1.政府が進める「6つの改革」の危険なねらい

 政府・与党は、経済、金融、社会保障、財政、教育、行政の領域における「6つの改革」を掲げ、これらを一体で推進する姿勢を明らかにしています。これらは、現在、
@ 行政改革委員会(委員長:飯田庸太郎) ―規制緩和、官民の役割分担、情報公開等について審議及び監視を行う
A 地方分権推進委員会(委員長:諸井虔) ―機関委任事務の廃止、国と地方公共団体の関係調整等について審議を行う
B 行政改革会議(会長:橋本首相) ―中央省庁の再編・独立行政法人(エージェンシー)化、首相官邸機能の強化等について審議を行う
C 公務員制度調査会(会長:辻村江太郎) ―行政改革に連動した公務員制度の見直しについて審議を行う
D 財政構造改革会議(議長:橋本首相) ―2003年の赤字国債発行ゼロにむけた財政支出の削減等について協議を行う
E 自民党行政改革推進本部(本部長:佐藤孝行) ―特殊法人の整理・統合・民営化等を含む行革全般について検討を行う

(@〜Cは行組法第8条等に基づく審議会、Dは政府・与党の政策協議機関、Eは自民党内の機関)  …などによって、分野別に検討がすすめられていますが、これら全体を通じて、「小さな政府」「官から民へ」「国から地方へ」「首相権限の強化」等を志向しており、国民の諸権利を拡充すべき国の責任を放棄し、国民に自己責任・自助努力の徹底を求めようとするものです。

2.中央省庁の再編・エージェンシー化を中心とした「行革」の動き


 先の総選挙(昨年10月20日)において、自民党をはじめとする諸党は、消費税の増税などへの国民への厳しい批判をそらす意図も含めて、「行革」「公務員削減」を最大の重点政策として打ち出しましたが、当時、「数合わせ」にすぎない各党の省庁再編構想には「バナナのたたき売り」(昨年10月3日付『毎日新聞』)との批判も投げかけられていました。
 しかし一方で、住専問題、薬害エイズ事件、一部高級官僚の不祥事、官官接待などをめぐって国民の行政への批判が高まり、これに結び付けた「役所への不信感」が、マスコミを通じて執拗に煽られるなかで、政府・財界の「行革」キャンペーンに沿って「『行革』で何かが良くなる」かのような漠然としたムードづくりが進められてきました。 
 総選挙後に発足した第二次橋本内閣は、自らを「行革断行内閣」と規定し、与党(自社さ)の三党合意では「省庁の機能別再編・統合、国・地方公務員の思いきった合理化」を進め、そのために民間人を中心とした首相直属の機関を設置することが確認されました。これに基づき昨年11月に発足したのが「行政改革会議」です。
 この三党合意の「下敷き」とされるのが、自民党が昨年9月に構想したいわゆる「橋本行革ビジョン」ですが、その内容は、国民生活部門の縮小・削減に見られる国民福祉の切り捨て、七重要審議機関の首相直轄化に見られる集権体制化などとなっています。
 このように政府・与党が推し進める「行革」が、国民本位の行政改革を求める声を逆手にとり、「福祉国家」から「強権国家」への大改造を進めるものであることを明らかにしながら、国民の利益を優先し効率的で汚職腐敗のない公正・中立な行政への改革をすすめる運動を強化することが求められています。
 このような経過のもとで、中央省庁の再編などの行政組織の全面的な見直しをすすめてきた行政改革会議は、5月1日、各委員の多様な意見を集約した「中間報告」を公表し、今後の審議の大まかな方向性を示しました。
 これによれば、今後、行政改革会議は、@中央省庁を大くくりに再編する、A中央省庁から実施機関(エージェンシー)を分離して企画・立案・調整機能に純化する、B実施機関は民営化・競争原理等の導入も視野に入れて簡素化・効率化を図る、C内閣機能を強化するため、内閣官房を改組し国の重要施策の企画・立案、情報の分析・管理を担わせるなどの課題について、具体的な審議を進めていくことが見込まれています。
 さらに同会議は、5月28日、今後の討議素材として「新たな中央省庁の在り方(イメージ試案)」を示すとともに、この中で、省庁のスリム化・効率化を進めるための新しい組織として位置付けた「独立行政法人(エージェンシー)のイメージ試案」を明らかにしました。
 ここで示された「独立行政法人」は、現在の省庁の機能から政策実施部門を切り離した上で、採算がとれないなど民営化が難しい業務等を対象とするとし、3〜5年単位で設定した目標にてらした業務の達成度を担当省庁が評価し、廃止や民営化を含めた組織の見直しを不断に行うなどの特徴が示され、基本的にイギリスのエージェンシー(外庁制度)をモデルにしたいとしています。
 また行政改革会議は、前述の「中間整理」の公表に先立ち、4月16日、省庁再編にむけた「指針」等として、各省庁へのヒアリング項目を明らかにしました。
 労働省に対するヒアリング項目は、次のとおりです。
労働行政の沿革とその後の環境変化に照らし、労働行政と福祉その他の国民生活に係る 行政との関係及び組織の在り方についてどう考えるか。
職業紹介事業の民営化又は独立機関化についてどう考えるか。
雇用保険、労災保険関連業務と他の社会保険関連業務との一体的運営についてどう考え るか。また、その民営化又は独立機関化についてどう考えるか。
労働安全行政に関し、鉱山保安、警察行政等との関係及び組織の在り方についてどう考 えるか。
職業能力開発行政は基本的に民間に委ねるべきとの意見についてどう考えるか。
女性の社会参画促進に関する行政組織の在り方についてどう考えるか。
 これらのヒアリング項目は、それ自体では十分な検討を経たものとは思えませんが、労働行政の基本的な性格にも触れながら幅広い分野に言及しており、今後の動向如何によっては労働行政の行方に決定的な影響を及ぼす危険性を持つとともに、職員の雇用と労働条件にかかわる重大な問題を含んでいます。
 今後、行政改革会議は、「企画・制度問題」(改革の基本理念、内閣制度、公務員制度など)と「機構問題」(中央省庁の再編、組織形態など)の二つの小委員会を設置し、論議の活発化をはかりながら、本年8月に省庁再編等の「骨格案」を固め、本年11月を目途に「最終案」をとりまとめて、関連法案を来年の通常国会に上程し、2001年から新しい省庁体制へ移行するとしています。

3.イギリスなどの「行革」は、むしろ「反面教師」とすべき


 こうした「行革」の動きは、1980年代からイギリス、ニュージーランドなどで行われた「行革」を「手本」に進められています。
 戦後のイギリスでは、「ゆりかごから墓場まで」の福祉国家を実現することが歴代政権の共通課題と位置付けられてきました。しかし、1970〜80年代からの大幅な財政赤字や高失業率を背景に、公共部門の民営化、エージェンシー化などの「行革」「規制緩和」などを積極的に進めてきました。
 その結果は、いずれも「福祉国家の崩壊」と称されるように、福祉の切りすて、所得格差の拡大、雇用の不安定化などがすすみ、しわ寄せを社会的弱者に押し付けるものであったと言われ、今や、社会福祉の充実と雇用対策の強化を求める声は日増しに強まっています。
 この間、「雇用奇跡」の国としてもてはやされてきたイギリスも、実態はハンバーガー店のアルバイトにちなんで「マック・ジョブ」と呼ばれる短期・不安定雇用が増大したにすぎないのです。
 また、「行革で公務員の削減を」との声がありますが、「行革」の先進国とされる欧米と比べても日本の公務員数はその半分以下でしかありませんし、行政機関のスリム化の「成功例」とされる「エージェンシー」も、日本の労働行政と比べれば、はるかに大きな組織となっています。イギリスの雇用促進庁(エージェンシー)の人員は約4万人にであるのに対して、わが国の職業安定行政の人員は約1万5千人にすぎません。しかも、イギリスの労働力人口は日本の半分以下なのです。

4.国鉄解体に見る「民営化」の危険なねらい


 「行革」の方向は、公正・中立であるべき行政機関を民営化する、あるいは民間的手法を導入するというものですが、こうした動きについては、10年前に「改革」の名によって推し進められた国鉄の「分割・民営化」の経過に学ぶべき教訓が少なくありません。
国鉄は、この間、JRとなって「総合サービス企業化」「関連事業の拡大」をはかる一方で、重大事故の続発、輸送・駅業務要員の削減による安全・サービスの低下、都市圏での異常な通勤混雑などの深刻な問題を生じさせてきました。
 赤字(当時は、25兆6千億円)をなくすと言ってはじまった国鉄の「分割・民営化」ですが、今日の長期累積債務は、逆に、28兆円3千億円(国民一人当たり23万円)にまで膨れ上がっています。
 JRは、運賃値上げ、JR職員の人減らし、地域住民の生活の足であるローカル線の切り捨て等には熱心でしたが、政府・与党の整備新幹線の着工論議に見られる赤字の真の原因である利権体質にはメスをいれず、こうした事態を招いたのです。
 つまり、「分割・民営化」は国鉄が抱えていた諸問題を解決するどころか、公共交通機関の役割すら投げ捨て、国民負担・犠牲の増大だけを残したのです。
 また、国鉄の「分割・民営化」には「労働組合つぶし」「労働運動つぶし」のねらいがあったことも見逃せません。当時の首相である中曽根氏は「総評を崩壊させようと思ったからね。国労が崩壊すれば、総評も崩壊するということを明確に意識してやったわけです」(『AERA』96年12月30日号)と言ってはばかりません。
 こうした明確な意図の下で、真面目に働いてきた多くの労働者が解雇や配転によって職場を追われたのです。「分割・民営化」に反対した国労・全動労などの組合員1047名への不当解雇に対して労働委員会が、再三にわたり「不当労働行為」の認定を行っていますが、彼らの職場復帰は今も実現されていません。
 現下の「行革」の動きには、私たちの雇用と労働条件、さらに労働組合の組織と団結への重大な攻撃という側面があることをとらえることが重要です。

5.「行革」と不可分な公務員制度の見直し

 「行政改革」と連動した公務員制度の見直しの動きが強まっています。
 本年5月に発足した「公務員制度調査会」の第一回会合で、冒頭、挨拶に立った橋本首相は、「大胆な規制緩和を進めるとともに、業務・権限を地方や民間に委譲し、行政をスリム化し、そうした行政の遂行に相応しい省庁体制や官邸機能を構築する。そのために、行政を支える公務員制度の構築が必要」と述べ、同調査会において、「行革」の一環としての公務員制度の見直しを推し進める考えを明らかにしました。
 さらに、最近の報道でも「(同調査会は)エージェンシー制度について行政改革会議の省庁再編論議にあわせて年内にも意見をとりまとめる方針」と伝えられ、また、総務庁人事局長は「能力、実績を重視した人事管理への転換とか、あるいは業務の専門高度化に対応した職員の能力開発のあり方だとか、あるいは簡素で効率的な行政組織に対する職員の勤務形態であるとか、あるいは昇進管理の問題というようなもの」が幅広く検討の対象になるとの考えを国会答弁しており、今後の検討方向如何によって、国家公務員の雇用と労働条件にかかわる重大な影響を及ぼしかねません。
 「行革」を「口実」とした雇用・労働条件破壊を許さず、民主的な公務員制度を確立するたたかいが重要です。

6.行政改革会議への労働省の対応

 労働省の対応は、行政改革会議に示す改革方向に対して、現時点では「難色」を示していると言えます。
 行政改革会議は、5月7日、前述のヒアリング項目に沿って労働省に対するヒアリングを実施しましたが、席上、労働省は、労働行政の役割を、
 〇一人ひとりが持てる能力を十分に発揮し、労働を通じて日本社会を支える側にまわるようにすること、
 〇一人ひとりが尊厳を持って働くことができるようにすること、
 〇労働に関するセーフティネットを提供すること と規定した上で、
 @労働者及び労働市場に関わる政策を一体として展開できる行政体制とすることが必要であること、A福祉行政とはその対象となる人の違いから行政を展開する視点が異なってくること、B労使の著しい力の違いを前提に産業経済行政とも一線を画していること、C勤労権を保障するため公共職業安定所の公平かつ無料で職業紹介サービスを提供する役割は維持すべきこと、D経済情勢に対応した機動的な対応ができなくなることから、職業紹介事業の独立機関化は困難であること、E労働安全行政は、労使のとりくみを通じて災害発生の防止を図るもので高度の専門性を要し、警察行政との一元化は不適当であること、F女性の社会参画を促進するには労働によって経済的自立を図ることが最も重要であることなどを強調しました。
 これに対して、各委員から「エージェンシー化に伴う問題点は解決可能ではないか」「各省庁ともに行革に積極的に対応すべきだ」などの意見が出され、今後の情勢は全く予断を許しません。

6.全労働はこう考えます    −「行革」の名による労働行政の後退は許されない

 (1)労働行政に対する労働者・国民の高まる期待
 日経連の将来ビジョン「新時代の『日本的経営』」(1995年5月)は、「終身雇用制」「年功序列賃金制」を見直し、新たな「日本的経営」を再編するため、短期・不安定雇用を基本とした雇用の流動化をはかり、また、労働時間でなく仕事の成果で賃金を決定することで徹底した総人件費抑制をはかるとの方向を打ち出しました。
 以降、日経連は、こうした戦略を推し進めるため、「規制緩和に聖域なし」として、労働分野の規制緩和を繰り返し要求しています。
 本年3月に再改定が閣議決定された規制緩和推進計画は、こうした財界の要求を全面的に受け入れ、雇用・労働分野で新たに37項目を追加するなど、雇用・労働分野の全域にわたる規制緩和をさらに推し進めるものとなっています。
 しかしながら、今日の労働者の置かれた苛酷な状況を直視するならば、こうした規制緩和の動きは、労働者が抱える諸問題を解決するどころか、深刻な健康破壊、生活破壊をさらに助長する危険が高いのです。
 景気の低迷を背景に失業率は依然として高水準で推移しています。しかも産業構造が大きく転換する中で、「リストラ」と称して解雇、配転、出向などが横行しており、雇用不安が広がっています。
 また労働時間は、依然としてヨーロッパ諸国よりも年間数百時間も長く、加えて諸外国に例を見ない無制約な変形労働時間制の下で不規則労働が拡大しています。さらにホワイトカラーなどを中心に、政府統計に現れない違法なサービス残業が広く蔓延し、多くの労働者は過労死の不安を抱いています。
 今日、多くの労働者・国民が切実に求めているのは、先進諸国に比べてもきわめて不十分な労働法制を緩和することではなく、労働時間の上限規制や解雇規制など、男女ともが仕事と家庭を両立させながら、生き々々と働きつづける権利を確立することであり、行政体制を抜本的に整備することです。
 あるべき「行政改革」の方向は、これらの任務を担う民主的で、公正・効率な労働行政をつくりあげることであるべきです。
 (2)歴史に逆行する「省庁再編」の動き
 労働省は、戦後直後の1947年、厚生省から「労政局」「労働基準局」「職業安定局」を分離し、これに「婦人少年局」「労働統計調査局」を加えて新たに設置された省庁です。 この背景には、当時のわが国において労働運動をはじめとした民主化運動の高揚があったことに加え、何よりも現行憲法が、勤労権(第27条第1項)、団結権・団体交渉権・争議権の労働三権(第28条)を「基本的人権」として保障し、最低労働条件の法定(第27条第2項)を定めるなど社会福祉国家の理念を高らかにうたったことに由来します。
 しかもこうした「労働者」の人権保障が、生存権を達成する重要な手段としてとりわけ重い位置付けを与えられたことが(佐藤幸治著『憲法』<286ページ>は、「労働基本権は内在的制約のみが許される」と指摘する)、「福祉行政一般」の中から労働者の諸権利を保障すべき独自の行政分野を確立することを求めたのです。
 すなわち、「憲法に社会国家的な要素が取り入れられたことの結果として、社会国家的・社会政策的な行政事務に大きな重点が置かれることとなったことによって、労働・厚生に関する事務を所掌する省(特に新たに労働省)が設置されることが憲法自体から要請されていた」(佐藤功著『行政組織法〔新版〕』)のです。
 労働省の存在をも脅かす現下の「行革」の動きは、労働行政の拡充強化を求めている多くの労働者・国民の願いを踏みにじるばかりか、現行憲法が明らかにした歴史の教訓を投げ捨てようとするものです。
 (3)労働者の保護を実効あるものとするための行政組織のあり方
 労働行政は、これまで「労働者の保護」を重要な行政課題としつつ、同時に、財界の利潤追求に「奉仕」するため、「労働力の保全」「産業平和の確保」などにむけた諸施策に携わるという二面性を持ってきましたが、近年では、「労働分野の規制緩和」と称して財界の労務戦略を後押ししながら、後者の姿勢をより強くしていると言えます。
 こうした労働行政の二面性は、労働行政の諸分野に見い出すことができますが、省庁再編と称して、仮に労働行政を他の行政分野と整理・統合することになれば、「労働者の保護」の後退はいっそう顕著にならざるを得ません。そのことは、例えば、産業経済行政に組み込まれた労働安全衛生行政などの姿を想像すれば容易に理解できるでしょう。
 また、労働省設置法第3条は「労働省は、労働者の福祉と職業の確保とを図る」ため、「労働条件の向上及び労働者の保護」「職業の紹介、指導その他の労務需給の調整」「失業対策」「労働災害補償保険事業」「雇用保険事業」など9つの「国の行政事務及び事業を一体的に遂行する責任を負う行政機関とする」と定めています。
 政府・財界が推し進める今日の労働分野の規制緩和が多岐多様にわたり、これらが相乗効果を生み出しながらいっそうの労働条件の切り下げをねらっていることを見るならば、逆に、真に労働者を保護すべき行政を展開するためには、労働行政の諸分野にかかる政策が相互に連携を保ち一体的に進めることの重要性が明らかとなるでしょう。
 労働行政の一部を分離することは、諸施策の実効性を失わせ、結局のところ、非効率な組織をつくるものと言えます。
 (4)国の責任を放棄するエージェンシー化・民営化
 行政改革会議は、今後の討議素材として民間的な手法を組織運営に取り入れた「独立行政法人(エージェンシー)」のイメージを明らかにしました。
 そこには、「官の仕事は非効率でムダが多い。民間の経営に移せば能率もよくなり、国民へのサービスの向上にも役立つ」といった言い分があるようですが、果たして本当でしょうか。
 行政が担ってきた国民の諸権利にかかわる事務を、営利を目的とする民間企業に任せるならば、一部のカネのある人だけがサービスを買うことができ、社会的弱者を含む多くの国民は、医療、雇用、教育など生活に密着した良いサービスを受けられないなど、すべての国民に等しく保障すべき権利を脆弱なものにしかねません。
 とりわけ、行政改革会議が示した「独立行政法人」の中身を見ていくと、次のような問題点を指摘することができます。
 第一に、独立行政法人は、自律的な運営をめざすとしていますが、国会の民主的コントロールからも一定自由となるならば、国会を通じて多様な国民の声を反映した行政運営を行うことを困難にします。
 また「行政は、たとえどのような名目であろうとも、行政権の担い手の独自の判断で行われてはならず、国民の代表たる議会(国会)が定めた、一般的ルール(法律)に従ってのみ行われなければならない(藤田宙靖著『新版行政法T<総論>』)のであり、独立行政法人が、行政を義務づける法律からも一定自由となるならば、法治主義の精神が損われることになります。
 第二に、政策立案部門と政策実施部門を分離することは、第一線が把握した実情と課題を政策に機動的に反映することができず、的確な行政サービスの提供を困難にします。
 第三に、労働行政の一部を独立行政法人とすることは、労働行政の一体的運営を阻害します(7-(3)参照)。例えば、職業紹介と機会均等指導、労働基準監督指導と労災保険給付などの事務が緊密に連携し合うことを阻害し、効率で質の高い指導・サービスの提供を困難にします。
 第四に、独立行政法人は、民間的手法を用いた効率的な運営をめざすとしていますが、効率性とともに行政に求められる公正・中立性を損ない、国民の権利保障を後退させる危険があります。特に、実績至上主義による「効率性」の追求は、国民全体の奉仕者である公務員の姿勢を揺るがし、表面的な実績のみを追求する姿勢を助長します。
 こうした弊害を覆い隠し、「行革」があたかも「バラ色の未来」を約束するかのような宣伝を繰り返すことは、きわめて危険で欺瞞的でさえあります。
 もとより、現在の地方出先機関(政策実施機関)のあり方にも多くの改善すべき点があります。例えば、ほとんどの地方管理者のポストが本省からの人事で埋められていることは、真に地域の実情に沿った効果的な行政運営を困難にしていますし、本省からの硬直的な予算配付のあり方なども改善されなければなりません。
 しかし、現下の「行革」の動きの中で、スリム化、効率化の観点を強く打ち出しながら論じられている方向は、真に国民本位の行政を実現する方向とは言い難く、今日の労働者の置かれた実態を直視し、憲法の人権保障を実効あるものとするためには、労働行政における国の責任をより明確にしていくことが重要であり、エージェンシー化、民営化はこれに逆行するものと言えます。
 (5)エージェンシーになじまない職業紹介、雇用保険、労災保険  行政改革会議は、労働省へのヒアリングの中で、職業紹介、雇用保険、労災保険の事務を取り上げ、エージェンシー化又は民営化、さらに他の社会保険関連事務との一体化について尋ねています。しかし、いずれも各行政事務の性格と実態をふまえない粗雑な議論と言わざるを得ません。
 @「職業紹介」のエージェンシー化・民営化等の危険
 職業安定行政は、基本的人権である勤労権(憲法第27条)、職業選択の自由(憲法第22条)を保障する国の責任を全うするため、職業紹介事業、雇用保険事業を全国で展開しています。
 公平かつ無料で求職者の能力と適性に応じた職業紹介を行うにあたっては、雇用保険による求職者に対する失業保障や再就職の援助、各種援助措置等を活用した事業主に対する雇用指導等と一体的に進めることが効果的であり、これを分離することは行政の効率性を損ないます。
 また、職業安定行政は、第一線機関である公共職業安定所が把握した求人・求職者の動向を雇用政策に迅速かつ的確に反映させることが求められており、エージェンシー化などによる政策実施部門の分離は不適切です。
 さらにエージェンシー化・民営化は、行政の運営方法にも重大な影響を与えかねません。日常業務において「数値目標」を尺度として「効率化」が追求されることとなれば、多様な行政利用者への十分な相談・援助は困難となり、私たちがこれまで堅持してきた労働者保護及び勤労権・職業選択の自由の保障にむけた職業紹介が形骸化する危険があります。同時にこのことは各種助成措置の有効活用を阻害し、中小・零細事業主の切り捨てにもなりかねません。
 加えて近時、雇用の流動化が進む中で、職業安定行政が刑罰規定を持つ職業安定法、労働者派遣法等を厳正に施行することが労働者保護にとって不可欠の課題となっていますが、エージェンシーなどの組織は、監督指導に適した組織とは到底言いがたく、労働者への権利侵害を放置しかねません。
 A「雇用保険」のエージェンシー化・民営化等の危険
 雇用保険事業は、7−(5)−@ で述べたとおり、職業紹介事業などと一体で運営されることによって効果的な運営を可能にしています。すなわち、公共職業安定所では、求職者への職業紹介・相談を通じて失業給付等の受給要件を確認するとともに、積極的な就職活動を促しながら、訓練手当、再就職手当、各種助成金等を支給することで、適正かつ効率的な保険給付を可能としているのであり、これらを分離することは困難です。
 また、雇用保険事業は、短時間労働者を含む一定の要件を満たす労働者を雇用する事業主とその被雇用者を対象に加入を義務づけ、国が一括管掌していますが、他方、年金・健康保険事業は、雇用保険事業とその対象範囲が異なるばかりか、健康保険組合など国以外の事業主体も運営しています。これらを一体化することは各保険事業の目的や趣旨を曖昧にするばかりか、制度の複雑化を招き国民サービスの低下につながります。
 B「労災保険」のエージェンシー化・民営化等の危険
 労災保険行政は、労働安全衛生行政、労働基準監督行政と一体的に運営されており、これをエージェンシー化などによって分離することは、適正な災害補償を阻害するのみならず、労働安全衛生行政、労働基準監督行政の後退をも招きかねません。
 すなわち、これらの行政は、蓄積された各種情報を独自のシステム等を通じて共有し、緊密な連携をはかりながら運営されており、逆に、一つの労働災害に対して、それぞれの行政分野が個々の目的から別個にアプローチを行うならば、過度の国民負担を強いることにもなりたいへん非効率と言わざるを得ません。
 法制面からもこれらの行政は相互に関連しています。例えば、労災保険の費用徴収制度(労災法第25条)、保険料率のメリット制(徴収法第12条第2項)、過去の災害発生状況を反映した業種別保険料率の設定(徴収法第12条第3項)などは、労災保険制度において、労働災害の防止や職業病の予防にむけた事業主の努力を促す制度であり、労働安全衛生行政、労働基準監督行政と一体で運営されているのです。 
 また、労災保険事業は、労働基準法第8章に基づく事業主の無過失賠償責任を事業主全額負担の保険制度によって担保しており、性格・目的の全く異なる年金・健康保険と一体化することは不可能です。
 (6)重視すべき労働行政諸分野の有機的連携
 行政改革会議による労働省に対する「ヒアリング項目」では、労働安全行政、職業能力開発行政、女性行政などを具体的に取り上げ、労働行政の「枠組み」から分離・統合する、あるいは民営化するなどの方向を示しています。
 しかしながら、これらは、7―(3)で述べたとおり行政目的を達成するために労働行政の諸分野が有機的に結び付いていなければならないことを忘れた議論です。
 「ヒアリング項目」の中で具体的に提起された「労働安全行政と警察行政等との統合」「職業能力開発行政の民営化」「女性行政の労働行政からの分離」などは、いずれも看過し得ない問題を含んでいます。  
 @高度の専門性を要する労働安全衛生行政
 労働安全衛生行政は、労働災害と健康障害の防止に必要な基準を確立するとともに、より快適な作業環境の形成などを目的としており、その推進にあたっては、幅広い産業分野にわたって高度の専門性を必要とします。
 例えば、機械設備等に関する各種審査・検査業務においては、数学、物理学、化学等の基礎的知識に加えて、機械、建築、土木、電気、工業化学等の分野にわたって、技術革新に応じた工学的知識が日常的に必要とされており、こうした専門性を独自の行政分野として維持・発展させることが重要です。同じく、労働災害の防止や職業病の予防にむけてアプローチする監督行政、労災補償行政との緊密な連携も保たれなければなりません。
 また、労働安全衛生行政は労使の自主的活動を通じて労働者の安全と健康を確保するものであり(安衛法第1条)、人権保障等の見地から労使関係への介入が制限されるべき警察行政との統合はきわめて不適切です。
 A職業能力開発は国に対する労働者の権利
 職業能力開発行政を民営化することも不適切です。
 職業能力開発は、労働者にとって「訓練自体が目的ではなく、雇用機会を十分に考慮して人の職業的能力を発展させ、かつその人が自己及び社会の最大の利益となるようにする」(職業訓練に関するILO第 117号勧告)ためのものであり、そのため、「各国は、自国の住民の訓練の必要に応じるため、……訓練組織網を有すべき」「職業訓練に関する企業内における責任は、訓練の性格及び程度に応じ、……担当部局に明確に割り当てられるべき」(同勧告)とされ、勤労権の保障を実効あるものとするための、国と使用者にむけられた重要な権利として位置付けられています。
 特に、近時の産業構造の転換に伴って発生する失業は、労働者に大きな産業間移動を強いることになり、十分な失業給付を伴った充実した職業能力開発を権利(無償)として保障しながら、習得した知識・技能を活かした的確な職業紹介を行うことが必要となっています。
職業能力開発を新たなビジネスチャンスととらえ、民営化を進めることは、それがすべての労働者に保障されるべき権利であることを否定するものであり、国と使用者が果たすべき責務を放棄するに等しいものです。
 B労働分野は最も男女格差が大きい分野
 女性行政を労働行政から分離することも大きな問題を含んでいます。
 女性の社会参画を促進するための諸施策は、各行政分野で不断に追求されることが求められています。なぜなら、この課題は女性・男性の双方が各分野で根本に立ち返った論議を尽くすことが求められており、その場合、各分野の専門的な知識と経験がないために、気づかない差別を温存してしまったり、あるべき方向を見失ったりしかねないからです。とりわけ、労働分野は男女の格差が最も著しい分野の一つであり、同時に、女性が労働を通じて経済的・社会的な自立をはかることが重要な課題であることから、労働行政の一分野において、専門的な見地から女性行政を展開していくことはますます重要となっています。
 労働省設置法第3条が「婦人の地位の向上その他婦人問題の調査及び連絡調整」を労働省の重要な任務として規定しているのはそのためと言えます。
 (7)民主的な公務員制度の確立こそが重要
 現在、公務員制度調査会は、「行革」の動きに連動した公務員制度の見直しを進めていますが、「効率化」の名の下に、実績・成績主義を礼賛するのであれば、国民全体の奉仕者である公務員の基本的性格を揺るがすものと言わざるを得ません。
 表面的な「数値目標」としての実績・成績を重視した結果、行政の公正さがゆがめられた事案は枚挙にいとまがありません。
 労働行政は、利害の対立した労使の間にあって公正な行政運営を厳格に求められています。それゆえ、外部からの圧力も少なくなく、ILO条約(第 150号)は、「労働行政制度の職員は、その配置される活動について適当な資格を有し、当該活動のために必要な訓練の機会を有し、かつ、不当な外部からの影響と無関係である者で構成されるものとする」としています。
 公務員制度の見直しに求められているのは、特権官僚の天下りの規制などを行うとともに、労働基本権の保障など民主的な公務員制度を確立し、個々の公務員が全体の奉仕者として仕事に専念できるようにすることです。

8.全労働はこうたたかいます

   −労働行政の後退を許さず拡充強化を求めるたたかい  「行革」が国政の最重点課題として喧伝される中で、現在、推し進められている「行革」の危険性、欺瞞性を広く明らかにし、労働行政の後退を許さず、拡充強化こそが必要との世論を攻勢的に構築していくことが求められています。
 そのためには、この課題がすべての労働者の生活と権利にかかわる重大な課題であることを広く明らかにしながら、広範な労働者・国民との共同をはかることが不可欠です。
 また、省庁再編、エージェンシー化、公務員制度の見直し等が、組合員の雇用と労働条件に直結する重大な課題であることから、使用者たる労働省当局の責任を徹底して追及することが重要です。
 したがって、全労働はたたかいのポイントを、@国民本位の「行革」を求める世論の構築、A労働省当局の責任追及の強化、B組合員の学習強化と闘争体制の確立に置き、次のとおりとりくみをすすめます。
 (1)国民本位の「行革」を求める世論の構築
 現在、推し進められている「行革」が、労働者・国民の生活と権利にかかわる重大な危険性を含んでおり、同時に、真に国民が求めている「行革」を阻んでいることを明らかにするため、国公労連が提起する国公「大運動」に結集しながら多彩な方法(宣伝ビラ、新聞投書、マスコミ要請など)によって宣伝・要請行動を進めます。
 この間の労働法制をめぐるたたかいの前進を土台に、県国公、県労連、労働法制連絡会などとの共同行動をいっそう拡大し、運動の広がりを最大限に追求することとします。
 (2)労働省当局の責任追及の強化
 すべての職場から地方管理者・所属長に対して「申し入れ書」を提出し、「行革」の名による労働行政の後退を許さず、組合員の雇用と労働条件を守る立場から、使用者たる労働省の責任ある対応を徹底して追及します。
 また、同様の立場から、労働大臣にあてた「決議」「連判状」等をとりくみます。
 (3)組合員の学習強化と闘争体制の確立
 「行革」をめぐる情勢を的確に職場に伝えていくため、引き続き「全労働情報(資料集)」「闘争推進本部FAXニュース」を発行します。職場においては、これらの資料等を積極的に活用して不断に学習を強化します。
 各級機関(地協、支部)は、闘争推進本部を設置する等(講師団の整備、ニュースの発行等を含む)の方法によって、闘争体制を整備します。また、次期大会以降の闘争体制の強化にむけた検討をすすめます。
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