司法制度改革の労働紛争処理に関する提言

 

2003年6月12日
日本国家公務員労働組合連合会

 


はじめに

1.労働紛争の実態と処理状況

2.労働調停についての考え方

3.あるべき労働裁判についての考え方

4.労働委員会命令に対する司法審査改革についての考え方


はじめに

(1) 提言(第2次)発表にあたって

 国公労連は、司法制度改革を検討するにあたって、検討を裁判所等直接の関係機関にとどめることなく、「行政と司法の架け橋」の役割を果たし、行政の各分野にも関わる問題として提起し続けることを念頭に置いてきた。そのため、労働組合として直接に関わりを持ち、行政・司法に携わるものとして、改革を提言することが求められている労働紛争処理の問題について、まず具体的検討を行うこととした。今回、国公労連司法制度改革プロジェクト(全司法、全法務、全労働、国公労連本部で構成)による検討結果を踏まえ、労働調停を中心とする第一次提言発表以降、労働裁判の固有の手続や労働委員会命令の司法審査等の課題についても検討を深め、第二次提言としてまとめた。今後、広く提言を世に問うとともに、国民のための司法制度改革を求める運動に結集し、奮闘していくものである。

(2) 労働紛争処理を考える視点

 労働紛争処理について、国公労連は以下の観点に立って検討を進めてきた。
* 個々の労働者の正当な権利保護とそれを通じたあるべき労使関係構築のための手段−言い換えれば労働の場における正義の確立であるべきである。
* そのためには、判例法理の形成につながる裁判制度を核として、裁判との連携を保った紛争処理制度を構築することが求められる。
* 労働紛争処理制度は、個々の紛争処理や紛争の抑制だけでは不十分で、日本の労使関係全体に影響を与えるものがのぞましい。
* 以上の点を展望するなら、労使を真に代表する専門家の関与は、紛争処理に関わることによって、法による正義の実現の意識が全体の労働関係に還元され、改善に資することが期待できることから、不可欠の条件となる。
* 同時に、労働紛争では紛争当事者の力関係の偏在が著しく、ADR(裁判外の紛争処理制度)や裁判でも容易には労働者の権利が救済されない。そのため、事後チェックだけでは、経営者の「法令違反、紛争のやりどく」になりかねず、依然、労働法令による事前規制と行政によるチェックが不可欠である。

 

1.労働紛争の実態と処理状況

【ポイント】
(1) 個別労働紛争は、増加傾向にある。
(2) その内容も、景気動向を反映し、解雇問題等深刻化しており、迅速な解決が求められる。
(3) 迅速な解決の点で、労働相談やあっせんなどADRの果たしている役割が大きい。
(4) 創設が予定されている労働調停制度は、裁判との関係が明確な制度として、より法規範を踏まえた処理がされることが期待される。

 あるべき労働紛争処理を考える上で、労働紛争の発生状況や実相、処理状況を把握することは不可欠である。そこで、以下に実態と紛争処理として求められるポイントを述べたい。

1-1 個別紛争の実態と処理状況

<労働相談等の件数>

 都道府県労働相談窓口では、2000(平成12)年度、15万2948件(労働側11万8301件、使用者側3万4647件)の相談が寄せられている。
 また、地方労働委員会では、2002年1月31日現在、26道県で個別的労使紛争に関する相談・助言・あっせんを行っている。相談・助言業務を行っている8県では、145件(うち0件の県が1)、あっせん業務を行っている26道県では、83件のあっせんが行われ、解決32、打ち切り14、却下10、不開始15、係属中12となっている。7県では、業務が0件である。
 厚生労働省都道府県労働局の、個別労働紛争解決促進法施行後1年で、相談件数は、54万4687件、うち労働法令違反を伴わないが権利の紛争である民事上の個別労働紛争相談件数は8万9971件、うち助言・指導申し出件数は1911件、あっせん申請受理件数は2115件である。なお、都道府県労働局・労働基準監督署への法令違反についての申告は、2001(平成13)年に3万4956件を受理している。また、監督を実施した2万9283事業場中、違反事業場は2万1005件(違反事業所比率71.7%)となっている。
 法務局(ブロック局、地方法務局、支局)、人権擁護委員が取り扱った38万547件の私人に関する人権相談の内、2.35%にあたる8925件が労働権関係の相談であり、法務局(ブロック局、地方法務局)が新規に受理した私人に関する人権侵犯事件1万6522件中、6.30%にあたる1041件が労働権関係である。

<その特徴>

 一見して分かることは、あっせん・助言数に比べ、相談件数が非常に多いことである。かつ相談のうち、権利の紛争を伴わない、労働者あるいは使用者の不満、法令の理解不足に類するものが多いと推察される。相談業務は、そうした問題を解消する点で大きな役割を果たしており、労働紛争処理における相談業務の重要さを示す一つの事実である。
 相談・あっせん業務においては、官署数が多い厚生労働省都道府県労働局、都道府県労働相談窓口の比重が高い。特に労働者にとっては、身近で利用しやすい窓口が求められていることを示している。また、国および都道府県の労働行政機関以外に、法務局・人権擁護委員への人権相談と法務局への人権侵犯事件申し立てに一定の労働権事案が含まれていることは、行政の側で重視される系統の別が、相談する側・救済を求める側にとっては、あまり意味を持たないことを示している。

 

1-2 個別紛争の実相と処理状況

<法令違反を構成するもの>

 都道府県労働局・労働基準監督署に、労働法令違反を構成しているものとして申告があったものの内、建設業が7366件、商業が6853件、製造業が5595件、接客業が4799件、派遣業が3796件、運送業が2949件等となっている。法令違反の内容は、賃金不払いが2万7142事業場、解雇が8111事業場、労働時間(一般労働者)が617事業場、最低賃金が497事業場などとなっている。深刻な不況を反映した内容であると同時に、労働基準法施行50年を経てもいまだに最低基準を満たさない日本の企業の実態が明らかになっている。法令違反の処理状況は、申告4万1444事業場(前年からの繰り越し6488事業場と当年申告34956事業場)に対して、処理が完結した事業場は3万5022で、完結率は84.5%である。

<労働条件(契約)に関わる民事紛争であるもの>

 一方、厚生労働省の都道府県労働局における民事上の個別労働紛争相談8万9971件の内、労働条件に関わるものは、解雇(28.5%)、労働条件引き下げ(17.4%)、退職勧告(5.9%)、出向・配置転換(3.1%)などとなっており、あっせん申請2115件の内、解雇(41.8%)、労働条件引き下げ(14.3%)、退職勧奨(4.9%)、出向・配置転換(4.2%)などであり、都道府県労働局長の助言・指導の申し出件数1911件数の内、解雇(41.0%)、労働条件引き下げ(16.9%)、出向・配置転換(6.2%) 、退職勧奨(3.7%)と、いずれも同様の傾向となっている。都道府県の相談業務の概況(2000(平成12)年度−労働検討会への厚生労働省提出資料)で見ると、相談件数15万2948件の内、労働条件に関する問題では、賃金・退職金が3万4239件、解雇が1万9355件、労働時間・休日・休暇が1万1829件となっている。なお、相談件数約5万件(1999(平成11)年度で4万8359件)で、全国の件数のほぼ3分の1を占める東京都産業労働局の場合は、相談件数7万5434項目の内、解雇9750項目(12.9%)、賃金不払い7852項目(10.4%)、労働契約5047項目(6.7%)、賃金その他4984項目(6.6%)、退職金3940項目(5.2%)の順となっており、都道府県労働局の場合と同様、解雇問題が深刻であることを示している。
 紛争の処理は、2001年10月から2002年9月までのあっせん申請受理2115件中、9月までに手続を終了したものは1791件であり、その内合意成立が714件(39.9%)、自主解決等で申請が取り下げられたものが254件(14.2%)、一方の当事者が参加しない等によりうち切ったものが804件(44.9%)となっている。処理に要した期間は、1カ月以内が59.4%、1カ月超3カ月以内が36.6%となっている。一方、東京都産業労働局の場合は、1999(平成11)年度に労働相談からあっせんに移行した件数が1328件、その内労使間の合意が出来、解決したものは864件で、解決率は65.1%である。また、あっせんの平均所要日数は25日であり、内10日未満が478件(36.0%)、10〜19日が296件(22.3%)と6割近くが20日以内の処理となっている。
 以上のことから、第一に労働紛争の内容が大都市部を中心に解雇などを中心とした深刻な事項が中心になっており、早期の解決・処理が求められていること、第二に早期解決の点であっせんが一定の効果を上げていることがあげられる。東京都産業労働局の場合は、本局、研究所を含めて都内10カ所で相談を受け付けるだけでなく、出張相談や夜間相談(定例毎週水曜日)を行って、利用者サービスを図っている。出張相談では、4170件の相談を受け付けており、夜間相談では、1682件の相談を受け付けている。夜間相談の81.7%は労働者からの相談となっている。
 これら紛争処理制度の処理結果について、開会されている資料では利用者のコメント(厚生労働省)や簡略な事実経過(東京都)が記載されているが、利用者の満足度について客観的に評価することは困難である。ただ、東京都の労働相談が4万件台で推移していること、厚生労働省の相談業務が発足後1年で54万件を超えていることは、労働者の一定の信頼が寄せられ、活用されていることを示していると言える。

<労働条件(契約)以外の民事紛争>

 他方、労働条件(契約)以外の民事紛争とは、故意または過失により相手に損害を与える行為(不法行為)にあたるものである。ただし、契約をめぐる紛争が背景にあり、契約をめぐる紛争と峻別出来ない場合も考えられる。労働相談の事項では、いじめやセクシャルハラスメントが一応それにあたるものと考えられる。
 都道府県労働局に寄せられた個別紛争関係相談では、8万9971件の内、いじめ・嫌がらせが5.2%、セクシャルハラスメントは1.8%、あっせん申し出2115件の内、いじめ・嫌がらせは5.3%、セクシャルハラスメント3.4%、助言・指導申し出1991件の内、いじめ・嫌がらせ5.0%、セクシャルハラスメント2.0%となっている。都道府県の労働相談受付件数15万2948件中、職場の人間関係にかかわるものは3919件(2.6%)である。ちなみに東京都の場合は、相談項目7万5434中、職場の嫌がらせは2170項目(2.9%)そのうちセクシャルハラスメントは1230件で前年比374件の大幅な伸びとなっており、あっせん件数1328中セクシャルハラスメントは44件(3.3%)である。
 セクシャルハラスメントなど、職場の人間関係をめぐる紛争処理は、企業内の紛争処理能力の低下もあって、基本的に増加傾向にあるものと思われる。同時に、セクシャルハラスメントに典型的に見られるように、従業員間の関係として放置されていたものが、今日、雇用者に(防止の)配慮義務がおわされるなど、法令による抑止へと変化していくものもある。その点で、労働相談は、よりよく人権を保護・救済するため、社会の変化を敏感にキャッチする重要な役割をも担っていると言えよう。

 

1-3 個別紛争処理に求められるもの

<法規範をふまえた処理>

 労働者の正当な権利保護とそれを通じたあるべき労使関係構築のための紛争処理制度とするには、法規範に則った公正さが必要である。日本においては労働契約法制が未整備であり、実定法に代わり、判例法理が大きな役割を果たしている。判例法理は、最終的には訴訟に訴え、確定判例に沿った判決を得なければ権利が確定しないという不安定さを持っている。こうした中で、ADRにおいては判断基準の透明性を確保するなどして、判例法理を踏まえた処理を行うことを保障するシステムでなければならない。

<わかりやすく、迅速、安価、簡便な処理>

 また、上記の労働紛争の実態からわかるとおり、労働者にとって紛争は死活問題であり、迅速かつ安価な処理方法が必要である。そのためには、訴訟も含め基本的に代理人を必要せずに行いうる簡便さが必要となる。そして、なによりも紛争処理機関へのアクセスがわかりやすいことが必要となる。
 迅速、安価、簡便な処理が求められるという点では、ADRの果たす役割が非常に大きい。裁判との連携が明確な労働調停制度が導入されることで、法規範をより踏まえた処理が行われることが期待される。都道府県や地方労働委員会、厚生労働省の労働相談・あっせん業務、新設される労働調停と様々な性格を持つADRがそろってきている。国会に上程される人権擁護法案が成立すれば、調停・仲裁や訴訟支援をも行う人権委員会が発足し、あわせて厚生労働省都道府県労働局の個別紛争調整委員会に調停・仲裁と訴訟支援の役割が付加される。それぞれのADRが相談窓口として十分な役割を果たすとともに、紛争の性格によって最もふさわしいADRが選択出来るようそれぞれの窓口において適切な振り分けがされ、わかりやすいアクセスが確保されることが必要となる。
 訴訟においても、後述する挙証責任問題等訴訟手続において、基本的に弱者である労働者と強者である雇用主との力が均衡する制度的保障をしつつ、迅速、安価、簡便さの追求が求められる。イギリス等の労働裁判は、我が国の少額訴訟と同様の手続きをとっており、参考にすべきと考える。

 

1-4 処理体制

 ADR、裁判所は、労働者が利用しやすい配置とすることが必要で、少なくとも各都道府県の主要都市になければならない。また、申立人の現住所で行うことを基本とするべきだが、移送も含め労働者が最も利用しやすい場所で処理が行われるようにする必要がある。
 労働者の負担を軽くするためには、出来るだけ申し立て+1日程度で処理を終えることが望ましいが、遅くとも1カ月以内に処理を完了できる人的体制を確保する必要がある。

 

1-5 集団的労使紛争の実態と処理状況

<労働委員会による不当労働行為審査等の現状>

 地方労働委員会(以下、地労委)への不当労働行為審査事件の申立は、1960年代の後半をピークに減少し、現在では概ね年350件〜400件程度となっているが、各地労委間の件数の格差が著しく大きいのが特徴である(東京・大阪で全体の半数を占める一方、ここ数年、申立のない県もある)。中央労働委員会(以下、中労委)への再審査の申立も同様に、1970年代をピークに減少し、現在では年60件〜70件程度である。
 事件処理の状況については、地労委、中労委ともに「和解・取り下げ」で終結している割合が大きく(地労委で7〜8割、中労委で5〜7割)、「命令・決定」で終結する事件はむしろ少数となっている。
 また、地労委(初審)命令に対する再審査あるいは取消訴訟の提起率は概ね8割(うち取消訴訟は1割強)、中労委(再審)命令に対する取消訴訟の提起率は概ね6割となっており、いずれも高率となっている。そのうち、地労委命令および中労委命令に対する取消訴訟の件数は、近年、それぞれ年間3〜4件、年間4〜5件となっている。

<不当労働行為審査制度の問題点>

@ 審査の遅延による救済の実効性低下
 労働委員会による不当労働行為の審査期間は、地労委、中労委ともにその長期化が問題視されており、近年、若干の改善が見られるものの、地労委で概ね2年(平均)、中労委で概ね4年(平均)を要している。この点は、団結権あるいは団体行動権の侵害を簡易・迅速かつ的確な方法で排除し、労使関係の正常化を図るという不当労働行為審査制度本来の目的を失わせるほどに重大な問題であって、例えば、団交拒否事件が10年を経て正されることにどれだけの意味があるか、労組役員への不当解雇が10年を経て救済されたとしても当該職場の団結権等が真に回復したといえるのかなどを考えれば明瞭である。
 審査の遅延の原因としては、次のような諸点が指摘できる。
* 審査手続きの「訴訟化」と称されるように、申立から命令までの手続きは多岐にわたる争点をめぐって、提出される多数の書証の検討や請求される多数の証人尋問などを要していること。
 近年、成果主義の人事管理等が広がる中で、賃金差別事件、昇任差別事件など、多くの論点を持ち、かつ立証のきわめて難しい複雑な事件が増加していること。また、そもそも不当労働行為は反労働組合的な意図を顕わにして行われることはむしろ少なく、正当な理由を装いながら巧妙に行うことが多いという特質も見逃せない。
* 「訴訟化」が強まる中で、当事者の代理人として弁護士が選任されるケースがほとんどとなり、加えて、審査委員(公益委員)、参与委員(労働者・使用者側委員)も非常勤であるため、期日設定のための関係者の日程調整が困難なこと。
* 命令の内容を具体的に確定する公益委員が非常勤であることから、強い熱意をもった委員がいる一方で、一部ではあるが「腰掛的」な委員も見受けられること。
* 「行政改革」の下、相次ぐ定員削減の実施によって事務局体制の強化が図られず、加えて、人事異動の頻繁化によって職員の専門性の蓄積が困難なこと。

A 労働委員会命令に対する高取消率
 地方裁判所での労働委員会命令に対する取消訴訟の状況は前記のとおりであるが、その結果、労働委員会命令を取り消した割合(一部取消を含む)は、地労委命令で概ね1割、中労委命令で概ね4割となっており、中労委命令に対する取消率が他の行政訴訟と比較して高率となっているのが特徴である。
 このことは、労働委員会命令の信頼を失墜させるとともに、行政訴訟を待たなければ結論を得ることができないことを意味し、事件の最終的な解決を長期化する要因となっている。また、同時に多くの労働者をして、申立自体を思い止まらせ、不当労働行為を放置させることにもなりかねない。
 行政訴訟における高取消率の最大の原因は、裁判所と労働委員会の不当労働行為に対する法的評価に違いがある点である。裁判所は、不当労働行為を市民法的な視点(私法上の権利、義務の存否を重視する)から評価するのに対して、労働委員会は、労使関係的な視点(反労働組合的な意思や労使関係に与える影響等を重視する)から評価する。こうした評価のダブルスタンダードは、審級の前段階に位置した労働委員会の審査を意義を失わせ、ひいては労働委員会による不当労働行為審査制度自体を否定することになろう。このほか、次のような諸点が指摘できる。
* 不当労働行為の立証に関して労働委員会では「疎明」で足りるとされており、立証方法の違いがあること。
* 労働委員会の審査段階で提出されなかった証拠が取消訴訟の段階で提出されることがあること。
* 事務局職員のキャリア形成システムが確立しておらず、頻繁な人事異動によって経験が蓄積されず、専門性の維持・向上が困難なこと。そのことが、証拠に基づく的確な事実認定や争点整理を困難にしていること。

<労働紛争調整機能>

 なお、労働関係調整法に基づく労働委員会の労働紛争調整機能の活用は、2000年で総計613事件、内賃金紛争が429件(38.7%)、団交促進が264件(23.8%) 、経営または人事に関する紛争が247件(22.3%) などとなっている。2000年におけるあっせん・調停・仲裁の申請状況は726件、一方、解決は263件、不調打ち切りは204件で解決率は56.4%となっている。調整に要した平均日数は、あっせんが48.3日、調停が30.4日、仲裁が47.5日となっている。中労委の賃金紛争調整に関して言えば、2002年度において国営企業賃金紛争と農林水産省関係独立行政法人賃金紛争のそれぞれで、事実上、不利益遡及を容認する調停ないし仲裁を行ったことは、争議権剥奪の代償機能としての存在意義を問われている状況である。

 

1-6 力関係の偏在と挙証責任の問題点

<経営者による証拠の隠蔽の恐れが伴う>

 人事記録を保管していること、また、労働者を強く支配していることから、労働紛争において経営者が自己に不利な証拠を隠蔽することがたやすいことは、解雇をめぐる紛争(解雇の真の理由を隠蔽)や過労死事件(勤務状況の隠蔽)などを見ても明らかである。力関係の偏在が証拠の偏在を招いているのである。このことは、労働検討会においても、「労働関係事件固有の訴訟手続の整備の要否について」の項目の中で、今後検討される予定となっている。
<根本的には挙証責任の転換が必要>
 こうした力関係の偏在による証拠の偏在を根本的に改善・解消するためには、挙証責任を訴えの当事者(通例は労働者)から、もっぱら使用者に負わせることが必要である。同様のことは、PL(製造物責任)問題にも言えて、企業と消費者の情報の非対称性(情報の格差)による証拠非開示の障害が常に存在している。しかし、これは、民事訴訟の根本原則の変更となり、現時点で合意を形成することは困難だと言わなければならない。

<次善の策はあるか>

 当面、次善の策として、証拠偏在の是正のため現行民事訴訟法が設けている当事者照会と文書提出命令の制度を活用することが考えられる。当事者照会制度は、当事者が主張または立証を準備するため必要な事項について、相当の期間を定め、書面で回答するよう、書面で照会することができるというものである(民事訴訟法163条)。ただし、具体的または個別的でない照会は、この限りでない(同条1号)とされており、一定の制約を持っている。文書提出命令は、相手方当事者または第三者が所持している文書について、当事者の申し立てに基づいて、裁判所が証拠調べのために文書提出を命令する制度である(民事訴訟法220条以下)。刑事訴追を受ける可能性がある文書や職務上知り得た秘密について黙秘の義務が免除されていない文書、もっぱら所持者の利用に今日するための日記等の文書以外は、提出する義務があるとされている。この2つの制度が次善の策となり得るかは、その運用状況をつぶさに検討しなければ判断出来ないものである。
 そこで、労働紛争ではないが、PL(製造物責任)問題にかかわって、全国消費者団体連絡会PLオンブズ会議が、当事者照会はあまり利用されていないことを指摘し、証拠開示の規程をPL法に規定するよう提案しているのが注目される。また、後述するように労働弁護団は、「労働訴訟手続の特則の試案」(2003年2月6日)で、民事訴訟法を改正し、裁判所による使用者に対する求釈明や文章提出命令とは別の文書の提出手続を定めるよう求めている。

 

2.労働調停についての考え方

【ポイント】
(1) 労働調停の対象は、個別紛争に限定する。
(2) 労働調停制度導入にともない、裁判所窓口で労働相談や法律扶助が受けられるよう機能強化を図る。同時に、各地域において・行政機関・弁護士会が連携した総合的な相談窓口を設け、労働紛争の性格に応じた適切な紛争処理機関の選択を助け、必要な法律扶助を受けられるようにし、実質的ワンストップサービスを実現する。
(3) 資力に乏しい労働者の正当な権利救済を図る観点から、行政機関の例にならい労働調停の申請手数料は無料とする。
(4) 調停の公正性確保のため、調停主任を務める裁判官が常時手続に関与し、調停委員は労働問題に専門的知識を持つ使用者、労働者の代表とする。労働者を代表する委員の選任は、労働組合の潮流に比例させる。
(5) 労働調停には、当然、民事調停と同様の時効の中断効を与え、調停不調の際の裁判所による決定が行えるようにする。負担軽減のため、調停記録を訴訟手続きに活用できる+方法も検討する必要がある。調停前置主義は、労働調停に導入するべきではない。付調停については、当事者の同意を要件とすることが必要である。
(6) 労働調停は簡易裁判所におくことが望ましいが、当面、地裁本庁・支部におき、専門家の関与等の条件整備を進め、計画的に簡易裁判所単位に設置していくべきである。

 

2-1 労働調停の対象

<労働調停に不当労働行為事件はなじまない>

 労働検討会において、経営者を代表するメンバー等から、集団的紛争を労働調停の対称に加えるべきという見解が表明されている。しかし、公労使3者の構成による労働委員会の救済制度が機能しており、労働組合側は労働委員会制度そのものには不満を持っていないこと、集団紛争では、個別紛争当事者よりも組織・財政力があり、多様なチャンネルが有効性を発揮するよりも屋上屋となる可能性が高いことから、労働組合法7条違反を争うものに互譲を原則とする調停制度がなじまないのではないかという問題があることから、労働調停の対象は、個別紛争に限定するべきである。

 

2-2 簡便さ、安価さ、効率性の発揮と公正らしさの確保のために

 資力の乏しい個々の労働者が申請する個別紛争に対象事件を限定した労働調停制度の趣旨からは、その手続きにおいても簡便で安価、迅速かつ、調停委員会の構成における公正らしさの確保が求められる。

<簡便・安価を実現するために>

 まず、簡便・安価を実現する点である。個別紛争事件としては賃金や解雇予告手当等の金銭の支払いを求める調停申し立てが多数を占めると思われるが、その他にも解雇等の労働契約に関する紛争や、男女差別・セクハラ等の労働条件に関する個別的な紛争も含めて、手続き面での簡便さが重要となる。他のADR等を前置せず、かつ本人が直接申し立て、手続きをすすめられることを前提として、制度と運用の両面からの検討がされる必要がある。

<実質的ワンストップサービスの実現>

 労働紛争においては、相談機能が極めて重要であることから、従来の訴訟や民事調停の相談のみに限定していた裁判所の相談窓口機能を抜本的に充実し、労働紛争の内容に関わる相談や弁護士会等の協力による法律扶助あっせんを担うことが重要である。そのために、窓口となる書記官の人的な態勢を強化することが必要である。それと同時に、司法・行政・弁護士会のそれぞれの相談窓口が連携し、紛争の性格に応じた最もふさわしい処理方法をそれぞれの窓口が知らせ、かつ、法律扶助業務をあっせんするような「総合相談窓口体制」を設けることが必要である。それによって、どの窓口に行ってもたらい回しされることがない、実質的なワンストップサービスとなる。なお、法律扶助を簡単に受けられるようにするため、弁護士会・法律扶助協会の窓口を、当面、地裁本庁・支部内、将来的には簡裁内におくことが必要と考える。なお、法務省が国会に提出中の人権擁護法案と連動し、都道府県労働局の個別紛争調整委員会に調停・仲裁機能を加えることが予定されている。このことは、内部的には委員選任の公正らしさの問題を一層重要にしている。外部的には、労働調停制度との棲み分けが課題となっている。
 申し立てにあたっては現在の民事調停でも活用されている定型的な申立書式(貸金・建物明渡し等の類型に応じ、当事者の特定や紛争の要点を書き込むことで、申立書が作成できる書式)を窓口に備え付ける等の受付態勢の充実をはかる。

<手数料は無料とすべき>

 現在の民事調停の申し立て手数料は、調停を求める事項の価額に応じた印紙を貼付して納入している(100万円の支払申し立てで5300円、300万円で13300円)。価額が高くなるにつれての逓減制となっている。そもそも、手数料の納付は、事務経費にあてるという意味よりも乱訴を防ぐという意味合いが強い。しかし、労働者が労働調停を申請する際のせっぱ詰まった事情を考えるとそういった考えに立つ必要はなく、むしろ限りなく低廉にして正当な権利救済のために活用を促すという観点に立つべきである。相談だけでなくあっせん業務も無料である行政機関の例に倣い無料とすべきである。

<法律扶助の充実>

 労働調停は、裁判に近いADRであり、とりわけ解雇等の労働契約に関する紛争等をはじめ、事案によっては法的な援助が必要な場合もある。当事者の負担能力に応じた弁護士費用の報酬体系や、法律扶助協会への公費支援の大幅な増額と扶助手続きの要件の簡素化等についても検討する必要がある。また、調停申し立て手数料をとるとした場合には、調停不成立の後2週間以内に訴訟を提起した場合には、訴訟に流用できるとする現行の民事調停の制度は、労働調停にも適用することが必要である。

<公正性と納得性の確保を>

 簡便性とともに、迅速な紛争の解決が求められる。一方で、迅速性のみが強調されると、公正性や当事者の納得性が軽視されかねない。とりわけ当事者間の互譲による紛争の解決を基本とする調停においては、当事者の納得が得られなければ調停不成立・紛争の未解決となり、迅速な解決とも矛盾することとなる。
 公正かつ迅速な、納得性のある解決のためにも、調停委員をはじめ、手続きに関与する弁護士、司法書士等の適切な役割の発揮が求められる。さらに重要なことは、労働関係事件の特殊性・専門性をふまえ、労働調停において、雇用・労使関係に専門的な知識経験を有する調停委員(専門家調停委員)を導入し、裁判所において公正・中立性が確保された専門家調停委員を迅速に選任できるような態勢を確保する。専門家調停委員は、専門的な知識経験を生かし、公正・迅速な紛争の解決に向けた役割を発揮する。

<労働組合の潮流に比例した調停委員選任と裁判官の継続的関与>

 専門家調停委員の公正らしさ確保のために、その構成は、労働組合・使用者団体双方の公正・民主的な選任手続きの推薦をもとに調停委員を裁判所が任命することが必要である。とりわけ労働組合の推薦に基づく任命については、各都道府県段階でも労働組合の組織が分かれていることから、その潮流に比例した規模での調停委員の候補者のリストを各団体の推薦をもとに作成し、任命するという形態をとるべきである。公正さの確保のためには、労働委員会と同様、弁護士や有識者等の公益代表を加えた3者構成とすることも検討する必要がある。労使のみの専門家調停委員により調停作業が行われる場合には、各調停委員は労使の利益を代表する立場には立たないと言えるが、より円滑な手続き進行をはかるうえからは、調停主任(裁判官)による適切な調整機能の発揮が求められる。現在の民事調停では、調停主任は調停成立時に出席する事例が多いが、上記のような労働調停では調停主任も継続的に調停委員会に関与することが求められる。そのための簡易裁判所判事の人的態勢を確保することや、新設予定の弁護士を非常勤裁判官として任命する制度を活用することも検討する。

 

2-3 他のADR、裁判との連携

<他のADRからの資料の送付について>

 他のADRとの連携についてまず考えるが、様々なADRがある中で労働調停が担当するのがふさわしい紛争とは、判例法理に違反する権利侵害で裁判に移行することも視野に入れる必要のある対立性の強いグレーゾーン的事案と想定される。それに対し、相談ないしあっせん的ADRは、実定法ないし判例法理への無理解による紛争など、対立性の弱いものを担当するのが効果的である。同時に、労政事務所・労働局の相談業務からの紹介により、労働調停が申請される可能性も排除できない。その際、他のADRが整理した資料の労働調停への送付は、調停内容が、和解=確定判決と同等の効力を持つことことから、当事者が防護権行使の障害にならないよう十分配慮しつつ、迅速な処理の観点から事前の争点整理のために活用すべきである。

<裁判との連携>

 次に裁判との連携について考える。労働調停事件の基本的な手続きについては、民事調停に準じてすすめられることになると思われるが、調停手続きの特徴の1つは、成立した調停内容が確定判決と同等の効力をもち、それを記載した調書による強制執行が可能であることだ。したがって、他の相談ないしあっせん的なADRでは相手方(会社側)の任意の履行が期待しがたい紛争や、将来的に裁判への移行も考えられるような、当事者間の対立性の高い紛争が申し立てられることが予想される。

<時効中断効の付与など>

 民事調停で定められている時効の中断効(調停不成立の場合に、2週間以内に訴を提起すれば、調停申し立て時に訴の提起があったものとみなされる。民事調停法19条)については、労働調停でも認められる必要がある。調停が成立する見込みがない時に、裁判所が相当と認める時は当事者双方のために、調停に代わる決定を行えることも労働調停にも適用されるべきである(民事調停法17条。2週間以内に異議が出されれば決定は失効)。民事調停の不成立により訴訟に移行した場合、訴訟手続きは全く別個の手続きとして、調停で提出した資料も改めて訴訟の証拠書類として提出している。調停と訴訟との資料の位置づけの違い(話し合いを前提にした資料か、証拠書類か)はあるが、当事者の負担軽減の趣旨からも、調停記録を訴訟手続きに活用できる方法も検討することが必要である。

<調停前置主義はとるべきではない>

 訴訟を提起する前に、当該請求について事前に調停手続きを経ることを義務づける調停前置主義は、当事者の手続きの選択権を保障する趣旨からも、労働調停に導入するべきではない。訴訟手続きの進行中に事件を労働調停手続きに移行させる付調停については、そのことで当該事件の迅速・公正な解決がはかられる見通しがある場合には活用の余地がある。しかし調停手続きが話し合いによる互譲を前提とした手続きであることからも、付調停とする場合には当事者の同意を要件とすることが必要である。

 

2-4 管轄

<利便性から言って簡裁管轄が適当>

 労働調停の事物管轄(管轄単位)を地裁支部(203カ所)にするか簡裁(438カ所)にするかで、労働検討会では見解が分かれているが、ほぼ旧郡単位(約400)が生活・就業圏となっている状況を踏まえ、民事調停と同様に簡易裁判所単位におくべきである。ただし、離島・辺地に置かれている簡裁については、専門家の関与や総合相談窓口の設置等の条件整備に時間が必要となる。その点から、当面、地裁本庁・支部に労働調停を置くとともに、全簡裁におく計画を明確にして、設置を推進すべきである。
 また、申請者の住所での申請を認めるかどうかについても見解が分かれているが、労働者が雇用契約を解除されて、生活のために帰郷する場合もあり、利用者の利便性を可能な限り確保する観点から言って反対する理由はない。小規模・零細企業の場合は、双方の合意により、利便のよい中間地点に移送するなど、柔軟な制度設計とすればよい。

 

3.あるべき労働裁判についての考え方

【ポイント】
(1) 労働参審制度の導入で民主国家にふさわしい労働裁判の実現をめざす。
(2) 強制力のある証拠の提出命令の制度化や、その前提としての証拠開示のルール化、裁判所による使用者に対する適切な釈明など、証拠開示のために労働裁判固有の手続きの実現をめざす。
(3) 少額訴訟制度の活用、仮処分制度の改善、労働者を「路頭に迷わせない」ための行政による適切な救済制度により、簡便・迅速・安価な裁判制度の実現をめざす。

 

3-1 労働参審制度の導入で民主国家にふさわしい労働裁判の実現をめざす

 司法制度改革推進本部の労働検討会においても、労働事件への参審制度の導入については、労働関係紛争における特殊性・専門性や職業裁判官の役割りのとらえ方の違い等から、賛否両論が議論されている。

<労働参審制度は国民の法秩序意識の醸成、裁判に対する納得性を高める>

 重大な刑事裁判に無作為抽出された国民が参加する「裁判員制度」の議論がすすみ、マスコミ報道も広まる中で国民的な議論も深められつつあるが、民主国家において国民が司法に参加していくことの基本的な意義は、裁判員制度の導入に向けた議論でも明らかにされたとおりである。労働裁判においても、その特殊性や専門性に応じて労使の専門家が職業裁判官とともに裁判に携わることは、国民の法秩序意識の醸成に大きな貢献を行うとともに、事件当事者の裁判に対する納得性を高めることにもつながる。
 職業裁判官による法律的な判断と、労使の専門家による労働の実態や労使慣行、団体交渉等の実践的な知見とがかみ合わされることで、より実情に即した公正な裁判が期待できる。従って以下のような観点をふまえた労働参審制の実現にむけて、積極的な検討がされるべきである。
@ ドイツやフランスの労働裁判所も参考として、労働事件に労使の専門家が参審員として参加する制度を導入する。参審員は職場の労働実態や労使慣行等に関する専門的な地検を裁判に反映させ、職業裁判官と同じ評決権をもつものとする。
A 労働裁判所の裁判体は、職業裁判官と労使の団体を代表する参審員により構成する。労働裁判所は今後の労働事件の増加に対応できるよう、少なくとも全国の地方裁判所本庁に1か部を設置することを基本とする。
B 参審員は労使の団体からあらかじめ推薦された名簿から、事件ごとに裁判所が任命することとする。使用者団体や労働団体が中央段階で複数ある場合には、推薦名簿の各参審員の員数は、各団体の構成規模を正しく反映したものとする。

 

3-2 証拠開示のために労働裁判固有の手続きの実現をめざす

<証拠の偏在が根本的問題>

 訴訟において労使双方の主張が対立し、事実関係についての立証が必要になったときに常に問題となるのは、現実的な労使の力関係により使用者側に偏在している証拠が開示されず、労働者側の立証が極めて困難となり、実体的な真実を明らかにすることが困難な状況が生じていることである。
 第156通常国会で審議されている労働基準法の改正案では、当初、使用者の解雇権限を規定していたが、野党の一致した反対、連合、全労連をはじめとする労働組合の一致した反対、日弁連を含めた反対運動の広がりにより、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」とするルールが初めて明記された。今後、このルールを活かすことができるかも、判例法理を作る裁判における証拠の偏在を是正できるかに相当程度かかっているといえる。

<PL法とも共通>

 このような労働基準法「改正」の動きも含めて、現在の労働裁判がかかえる「証拠の偏在」による実質的な不平等、不公正という問題を、労働裁判固有の手続きの制度化を含めて解決していくことが求められている。PL(製造物責任)とも共通する問題点であり、根本的には挙証責任の転換が導入されるべきであるが、それが困難な場合でも、当面は以下のような方策が積極的に検討されるべきである。
@ 現行の民事訴訟法における相手方当事者または第3者からの証拠収集手続きとして、当事者照会制度(民訴法163条)、調査の嘱託(186条)、文書提出命令(219〜225条)、文書送付嘱託(226条)等が規定されている。
  これらの制度は、訴訟係属中に裁判所を介することなく両当事者間で主張・立証を準備するために必要な事項についての情報交換を可能とするもの(当事者照会制度)や、裁判所に対する当事者の申し出を受けて、裁判所が嘱託や命令を発するもの(嘱託や文書提出命令)である。労働裁判における証拠収集の手段としても活用できるものであるが、当事者照会制度のように相手方に対する強制力がなかったり、文書提出命令についてもその対象となる文書が制約される等の限界が指摘される。
A 第156通常国会における民事訴訟法改正案として、訴えの提起前における証拠収集の処分等の規定の新設がされている。これは訴えの提起前において原告または被告となるべき者が、それぞれ相手方に対して、請求の要旨や答弁の要旨を通知した場合に、相手方に対する照会や、裁判所に対して文書の送付や調査の嘱託等の証拠収集の処分を申し立てることができるとするものである。
  これらは証拠の収集を訴えの提起前にも可能とするものであり、証拠収集の方法として活用できるものであるが、当事者照会制度と同様に適法な照会に応じなかった場合にも制裁規定がなく、証拠収集の処分についても強制的な処分は除かれており、嘱託に応じない場合の制裁規定がない等、相手方または第3者の協力が期待できる場合にしか活用できないという制約がある。
B 上記のように、現行の民事訴訟法や、新設される予定の訴えの提起前における証拠収集の処分等については、一般の民事訴訟事件においては一定の活用の余地があるものの、当初から証拠が使用者側に偏在しているという労働裁判の実情からは、なお不十分な証拠収集手続きであると言える。従って、両当事者の実質的な「武器平等」を確保するという観点から、労働裁判固有の証拠収集手続きを検討する必要がある。
  具体的には、裁判所による強制力のある証拠の提出命令の制度化や、その前提としての証拠開示のルール化、裁判所による使用者に対する適切な釈明など、実態としての労使の力関係や証拠の偏在を是正し、実質的な「武器平等」が確保できるような制度を検討する必要がある。

 

3-3 簡便・迅速・安価な裁判制度の実現をめざす

<本人訴訟が可能な手続を実現>

 裁判による救済を求める労働者にとって、基本的に本人訴訟が可能な、簡便な裁判手続きを実現していくことが重要である。
 また第156通常国会で審議されている裁判の迅速化に関する法律案では、全ての事件の第1審判決を「2年以内のできるだけ短い期間に終わらせること」を目的としている。迅速な裁判の実現は国民も求めるものであるが、それは当事者の主張・立証が十分に尽くされたうえで、裁判所の公正な判断がされることが前提である。そのためにも同法案の衆議院における附帯決議にあるとおり、「裁判官及び関係職員の増員及び裁判所施設の拡充など、人的物的態勢の整備」について「特段の配慮」がされるべきである。
 具体的には、簡便・迅速・安価な裁判制度の実現に向けて、以下のような方策が検討されるべきである。
@ 第156通常国会での民事訴訟法改正案で、少額訴訟の上限額が30万円から60万円に拡大されることもふまえ、賃金不払い等の請求について、1回の期日で集中的に審理し、即日に判決言渡しまで行う少額訴訟の活用がはかられることが必要である。
  なお、通常の少額訴訟においては、被告において通常の訴訟に移行させる申述をすることができますが、労働裁判の特則として、原告となる労働者側に確定的な少額訴訟手続きの選択権を付与することについても検討することとする。
A 解雇事件における仮処分手続きは、労働者側にとって本案とあわせて二重の手続きを強いられ、大きな負担となっている。また裁判所によって、手続きの運用や仮払い期間等の判断の差が大きいことも指摘されている。
  仮処分手続きの結果は労働者にとって、当面する生活にも関わるものであり、その審理期間や判断内容によっては、本案訴訟による救済の実効性にも関わる問題である。従って仮処分の審理ができるだけ早期になされるよう審理期間に上限をもうけ、一定の要件が疎明されればあくまでも仮の処分として、労働者に有利な決定がされるような制度を含めた検討がされるべきである。
B 上記のような簡便・迅速・安価な司法手続きの整備をはかるとともに、緊急に救済が必要な労働者を「路頭に迷わせない」観点から、行政による適切な救済制度も検討されるべきである。労働者災害補償保険法の立法の趣旨に準じた行政による給付や、賃金の立替払い制度についても検討する必要がある。

 

4.労働委員会命令に対する司法審査改革についての考え方

【ポイント】

(1) 計画的審査、公益員の権限強化、事務局体制の強化等を行い不当労働行為の審査の迅速化により、実効ある救済制度とする。労働者委員の連合独占をやめ、公平・公正な委員選任を行うこと。
(2) 司法審査において、労働委員会命令を尊重させるため、労働委員会の審査委においては、実質的証拠法則の採用し、司法審査の場での新証拠提出制限を実現する。緊急命令の活用や、救済命令の確実な履行を確保する措置をとり、救済命令の実効性を確保する。迅速な処理を実現するため、司法審査が事実上の5審制となっている現状を改めるため、審級省略(地裁省略を基本とする)を行う。

 

4-1 不当労働行為審査制度の今日的な意義と改革方向

<団結権の迅速な回復のため制度の意義はまったく失われていない>

 不当労働行為審査制度は、労働者の団結権等の保護を目的とし、これを侵害する使用者の一定の行為を不当労働行為として禁止し、その実効性を担保するために設けられている。また、不当労働行為に対する救済命令権限が行政機関である労働委員会に付与されたのは、団結権等の重要性にてらして権利の迅速な回復が不可欠であることに加えて、多様な不当労働行為に対し個々に適切かつ有効な救済措置を講ずべきことを重視し、専門性を有する独立の行政委員会にその権限をゆだねたのである。
 こうした不当労働行為審査制度の意義は、今日も全く失われておらず、次の基本方向に即した民主的改革によって役割発揮をはかるべきである。とくに、審査(事件処理)の長期化は、救済の実効性を失わせ不当労働行為の横行を事実上の放任するものであることを重く受け止めた早急な改善が求められている。

<審査の迅速化等による実効ある救済>

@ 公益委員の指揮の下に事件ごとに全体のタイムスケジュールを設定し(その際、事件の性質上、集中審査を要する等の判断を行う)、その上で的確な争点整理をふまえた計画的な審査(立証)を行う。
A 当事者主義に偏重した審査手続きが遅延を生じさせていることから、公益委員(審査委員)が主体的に審査手続きを進めるこことし、あわせて公益委員の権限を強化する。具体的には、労組法第22条に基づく強制権限(関係者の出頭、報告・帳簿の提出等、臨検・検査等)の発動に関して、その必要性の認定を総会付議事項から公益委員会議付議事項とする(総会決定事項である限り使用者委員の合意が得られず、機能しない)。
B 増員等によって事務局体制を強化し、とくに「長期事件」(国営企業の不当労働行為等)については、特別の体制を確立してその審査を促進する。また、公益委員を常勤化し、審査体制の抜本的に強化すること。
C 労組法27条1項の文言(必要があると認めたとき)にもかかわらず、却下の場合を除いて命令を発する場合には審問が必要であると解釈されていることから、救済が急務であり、明らかに違法な団交拒否事件等についてまで、日程調整の上で期日を設定し、形式的な審問を行わなければならないことは不合理であり、審問を経ない命令を認める。
D 申立の除斥期間は「行為の日から1年」とされ、「継続した行為にあってはその終了した日」とされている(労組法27条2項)。従って、各年の昇格・昇給時の差別などに関しては毎年ごとの申立が必要と解される余地があり、こうしたケースでは各年の行為を「継続する行為」とみなすこと。

<労働委員会の専門性と信頼の向上>

@ 事務局職員について、高度の専門的知識と経験の蓄積を可能とする人事システム(研修を含む)を導入し、あわせてこうした職責に相応しい処遇を行う。
A 中労委および多くの地労委の労働者委員の選任のあたっては、連合系労働組合出身者が独占している状況をあらため、公平・公正な人選を行い、労働者・国民の信頼を回復すること。

 

4-2 労働委員会命令に対する司法審査の改革方向

 以上の労働委員会による不当労働行為審査の改革を前提とし、労働委員会命令に対する司法審査について、迅速化等の観点から次のような改革が求められる。

<労働委員会命令の尊重−実質的証拠法則の採用と新証拠提出制限を>

 労働委員会命令に対する現在の取消訴訟では、当事者が労働委員会の審査段階で主張しなかった新事実を主張したり、提出しなかった新証拠を提出することができ、裁判所は、労働委員会の事実認定等に拘束されることなく、自由心証により、証拠を取捨選択してこれを評価し、労働委員会の認定した事実と異なる事実を認定することができる。このことは、前記の労働委員会が設置された積極的意義を失わせると同時に、実務上も行政訴訟段階でのいわゆる「隠し弾」を容認することになり正義に反する。準司法的手続きによる行政委員会の判断における事実認定については、当該行政委員会の認定した事実を立証する実質的な証拠がある場合、当該事実認定は裁判所を拘束する、いわゆる実質的証拠法則を採用し、あわせて同原則の前提として労働委員会で提出可能であった証拠を行政訴訟を提出することを制限する。

<救済命令の実効性確保>

@ 緊急命令の積極的な活用
 労組法27条8項の緊急命令制度は、労働委員会命令の履行を確保を目的とし、使用者が行政訴訟を提起した場合に当該労働委員会の申立によって命じ得るとされている。しかしながら、実際の運用では、行政訴訟の本案判決と同時になされる場合がほとんどであり、その制度趣旨は没却されている。著しく不合理な場合を除いて、緊急命令の必要性が疎明される限り、これを命じなければならないこととする(とくに原状回復を目的とした命令は履行されない限り、権利侵害が継続することを重視すべきである)。

A 救済命令の確実な履行確保
 労組法27条9項等は、同条第8項の緊急命令及び確定した命令に使用者が従わないときに、労働委員会は裁判所に対して「不履行通知」を行わなければならないとしている。これは労組法32条が緊急命令違反、確定命令違反に対して過料(日数1日につき10万円)に処する旨を定めていることを受けて、間接強制の措置を促す意味を持っている。しかし、過料裁判の手続きは、非訟事件手続法に基くもので裁判所に広い裁量が認められており、前記の通知も裁判所の職権発動を促す意味でしかない。確定命令等に従わない使用者が少なくない現状をあらためるため、積極的な運用をはかることとする。
 また、確定判決によって支持された命令違反に対する刑罰は「1年以下の禁固又は10万円以下の罰金」(労組法28条)とされており、実効確保の意味からも罰金額を引き上げるべきである。

<審級省略等による迅速化>

 現在の不当労働行為審査は、地労委→中労委→地裁→高裁→最高裁という、いわゆる五審制によって行われておりきわめて長期間を要している。換言すれば、五審制が審査の迅速化を阻害している構造的要因と言え、進級省略を行うべきである。この場合、中労委、地裁、高裁のいずれを省略すべきについては、それぞれに長所、短所があるが、前記の不当労働行為審査における労働委員会の積極的役割(廉価、迅速、簡易な手続きによって、労使関係的な専門的判断を下す等)や労働委員会の審査が準司法的手続きによっていること等にてらし、労働委員会のおける不当労働行為審査の改革を前提に、地裁あるいは高裁を省略することが妥当である。
 なお、労組法施行令27条5項は、「全国的に重要な問題にかかるもの」の初審管轄を中労委とする旨を規定しており、これを迅速化や当事者の利便等の観点から柔軟に解し、積極的に運営すべきである。

以  上


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