「公務員制度改革大綱」についての人職の見解
−公務員制度を大きく後退させてはならない−

2001年12月25日
人事院職員組合執行委員会

 現在、日本の公務員制度は、日本国憲法によって示された戦後日本の民主化を行政面で具体化するために、国家公務員法によって体系化されている。
 国公法の実施は、内閣から独立した立場にある人事院が担当することとなったが、これは、行政の継続性・安定性が求められていることから、政治の流れに左右されない中立・公正な人事行政が必要であるとされたためである。
 すなわち、個々の職員に対する人事管理権限は各府省の長が有するものの、国公法の運用に当たっては、統一的な基準を定め、各府省が行う人事管理を調整する中央人事行政機関としての人事院がその役割を担っている。(1965年からは、ILO第87号条約の批准に伴い、政府の責任体制整備のため、能率、厚生、服務等に関する権限が人事院から内閣総理大臣に移管されている。)
 また、戦後まもなくの国公法は、国家公務員にも争議権、団体協約締結権などを認めていたが、数次の国公法改正により、非現業国家公務員から争議権、団体協約締結権を剥奪した代償機能として人事院勧告制度が設けられることとなった。

 このように、現在の公務員制度は、人事院に、政治権力等の圧力から行政に携わる公務員を隔てる役割、国民の立場に立って行政を効率・民主・公正に進める観点からチェックする役割、そして労働基本権の代償機能としての役割を負わせている。

 行革推進事務局が作成し、閣議決定された「公務員制度改革大綱」(以下「大綱」という)は、人事院の諸機能の多くを縮小するにもかかわらず労働基本権は剥奪したままであり、そのことによる公務員制度の後退について、私たちの抱く不安への説明はされていない。以下に大綱の問題点を指摘する。

(職員の採用について)
 現行制度は、採用試験の企画立案から実施までを人事院が一貫して担当しているが、「大綱」では、採用試験のあり方、企画立案は内閣が、筆記試験の実施は人事院が、採用は各府省が行うとしている。
 現行制度は、採用における中立・公正性を確保し、情実任用を防止する趣旨から、「平等取扱い」と「成績主義」を2大原則とし、職員を直接採用する各府省の要望をふまえつつ、中立第三者機関として試験事務の企画立案に当たってきている。
 採用における企画立案は、どのような人材を公務員に採用するかの意思決定そのものであり、今日の政党政治の時代にあって、内閣がそれを担当することとなれば、使用者の立場にある内閣の意思が反映された人材の確保となり、実質的な行政の独立性が阻害されるおそれがある。
 また、実施部門と企画立案部門を分離することにより、採用側の意向、受験者のニーズなどが相互に反映しにくくなり、試験の実施にも支障が生じる可能性がある。
 試験の合格者数を大幅に増加させ、各府省が欲しい人材を選択するということも示されているが、そうなると、試験に合格しても採用されない者が多数出るため、公務員志望者が減り有為な人材の確保が困難になるばかりでなく、情実による採用の余地が増大することになり、成績による任用の原則が崩壊しかねない。

(官民交流について)
 現在、官民の人事交流については、権限の行使と利益誘導など企業と官庁間の癒着につながるおそれがあるため、官民交流法が定められ、そこで、交流する際の基準を定め、人事院の承認を得て進める仕組みになっている。官民交流法の制定時、中央省庁と関連業界との癒着からくる不祥事が摘発されていたこともあり、国会からも厳しい注文がついていた。しかし、「大綱」では、「手続きが煩雑である」という理由で、交流派遣・採用の手続きは各府省委せとし、人事院は事後チェックをするとしている。
 事後のチェックについては、他の手続きについても取り入れられることとなっているが、事前に承認を受けてからでないと手続きが進められないシステムと、事後チェックとでは雲泥の差がある。各府省が進めた手続きを事後にチェックする方法では、腐敗防止の効力はきわめて弱いものとなる。
 官民交流を積極的に推進する必要があるとの名の下に、各府省が主体的に採用できるようにすることは、許認可に関わる企業とは交流できないとした官民交流法制定時の精神を踏みにじるものであり許されるものではない。

(人材育成について)
 現行制度では、職員の能力・資質の向上を図ることを目的に、人事院が総合的企画、調整・指導を行いつつ、各府省と人事院が実施することとなってる。「大綱」は、人材育成の仕組みの整備を謳い、人材育成の責任は各府省の人事管理権者、人材育成方針や総合的企画、調整等は内閣が行うとしている。
 人材育成(研修)は、どのような公務員を育成していくかの問題であり、時の内閣の意向に左右されてはならないものであり、内閣から独立した中立の機関である人事院が行うべきものである。
 なお、内閣及び各府省が使用者としての立場で行う研修まで否定するものではないことはいうまでもない。

(本府省幹部候補職員を育成する仕組みの導入について)
 「大綱」では、新たに本府省幹部候補職員を育成する仕組みの導入を謳っている。
 その内容は、1種採用職員と1種採用以外の職員のうち人事管理権者が定める基準によって選考する職員を対象に、特別な人材育成を図るというもの。
 現行採用試験は、1種・2種・3種の別で行われているが、この試験の種別はあくまでも1級・2級・3級官職への採用のための試験であって、その後の昇進までを定めたものではない。にもかかわらず、幹部候補育成にあたって、T種採用職員だけを特別扱いする仕組みの導入は、戦後の民主化措置の一環として採られた現行の採用の仕組みを否定し、戦前の天皇制の下における身分的官吏制度に引き戻す極めて非民主的な施策といわざるをえない。なお、能力・実績に基づく人事管理を標榜するのであれば、そもそも大卒程度の採用試験を1種と2種の2つに分けて行うこと自体矛盾しており、一本化すべきである。

(再就職ルールの確立について)
 現行制度では、本府省課長相当以上の職員の営利企業への再就職について、人事院の承認を得て行うこととなっているが、「大綱」は、内閣が再就職の承認基準を定め、各府省の人事管理権者がその基準に基づき承認し、人事院は基準に対する意見の申し出と各府省に対するチェックと改善勧告を行うとしている。なお、この方式へのマスコミ等からの批判を意識して、各府省ごとに1年間に再就職した者の氏名を公表すること、再就職した者が出身府省へ口利きなどの行為を行った場合は刑事罰を科すこととしている。
 しかし、在職中に利害関係のあった企業への再就職が認められるならば、その本人でなくとも、上司、部下等を通していくらでも意を通じることはできるのであり、権限の行使を期待する関係企業と各府省との癒着への歯止めはきわめて難しいことになる。

(労働基本権と労働基本権の代償機能について)
 「大綱」では、労働基本権について、公務の安定的・継続的な運営の確保の観点、国民生活へ与える影響の観点などを勘案し、現行の制約を維持するとしている。また、労働基本権制約の代償機能としての人事院勧告制度については言及していないが、級別定数の設定権を人事院から移し、等級別人員枠を設定した上で、各府省大臣が弾力的に運用できる方法を示している。ここで大事なことは、官民給与の比較のもとに、給与水準の改訂について勧告を行うことだけが代償措置なのではなく、その配分、級別定数の設定をも含む仕組みも代償機能の一部だということである。
 等級別定数の人員枠を設定する権限が他の政府機関に移るならば、人事院による代償機能が十分に機能しているとは到底言えない。
 人事行政の中立・公正性の確保に関する人事院の権限を、事後チェックと内閣や各府省に対する勧告・意見の申し出に矮小化し、人事管理に関する内閣と各府省の権限をのみ一方的に強めるにもかかわらず、労働基本権は公務員労働者に返さないという論理は到底通用するものではないことは明白である。

 公務員の使用者としての内閣と各府省大臣の任用、給与、服務等の人事権は強化する一方で、第三者機関である人事院の機能を縮減するとすれば、公務員労働者の立場は極端に弱められることになり、封建的な戦前の官吏制度では民主国家の建設は不可能との反省にたって出発した戦後の公務員制度が大きく後退することは疑いようがない。また、能力・実績に基づく評価制度の導入がいわれているが、民主的で公正・中立の行政サービスの提供の観点が欠落しており、行政の本来の目的がないがしろにされていることも重大な問題だといわざるを得ない。
 私たちは、人事行政機関の職員で構成する職員組合として、「大綱」で示された公務員制度の改悪に対し断固反対し、民主的公務員制度の確立、推進のために奮闘する決意である。

以上

 なお、この見解は、大綱の閣議決定時点でのものであり、今後の法案作成に向けての作業の段階で、さらに詳細が明らかになってきますので、その際には、有識者や組合員の皆さんの意見など聞きながら、改めて人職の見解を発表するつもりです。今後の勤務諸条件が決められようとしている問題です。ご意見をお寄せください。

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