国公労連「行革闘争」海外調査団の報告


1、はじめに


 国公労連は、5月26日から6月6日まで、イギリス・ドイツに調査団を派遣した。現在、行政改革会議ですすめられようとしている省庁再編の計画は、イギリスのエージェンシーがモデルとなっていることから、今回の海外派遣も、イギリスのエージェンシーの調査をはじめ、各国の行政改革や公務員制度の現状、行政サービスの実態、利用者である国民の意識などを調査することが主要な目的であった。
 とりわけ、イギリス・ドイツそれぞれの公務員労組とのたたかいの交流を目的に、3つの労働組合を訪問した。とくに、イギリスでは、TUC傘下のCPSAとPTCの二つの労働組合との初の交流が実現し、エージェンシー職員を組織するこれらの労組から、労働者の状態や意識変化、行革にたいする労働組合のとりくみ、新政権誕生後の労働党への国民の期待などさまざまな話を聞くことができた。
 また、参加した各単組の尽力もあって、イギリスの特許・登記・雇用などの各エージェンシーやドイツの雇用関係機関への職場視察、当該の労働組合との交流、利用者団体への聞き取り調査などが、精力的に取り組まれた。
 非常に短期間の海外訪問であったが、多角的な調査を通して、貴重な成果を残すことができた。本報告は、今回の調査の概要をまとめたものである。より詳細な報告は、いずれ冊子にまとめ、配布する予定にしている。これらの調査資料が、今後の行革闘争にむけて、たたかいの参考になれば幸いである。

2、調査の概要

 今回の調査団は、泉部(いずみべ)副委員長(全通産委員長)を団長に、全労働、全法務、全通産、全運輸の各単組および国公労連本部の代表が参加した。また、行財政総合研究所の協力により、名古屋経済大学の榊原秀訓教授にイギリスへ同行していただけることとなった。榊原教授は、行政法を専攻され、1年間のイギリス留学の経験もあり、今回の調査では、適切なアドバイスを受けることができた。
 日程は、イギリス5日間、ドイツ3日間であり、とりわけ、イギリスにおいては、調査団を4つの班に分け、1)政府機関・労働組合、2)登記庁・弁護士、3)特許庁・弁理士、4)雇用サービス庁をそれぞれ手分けして訪問し、通訳も同時に4人配置するなど、非常に充実したものとなった。

3、エージェンシーにかかわって

(1)エージェンシーの設立

 イギリスでは、1960年代当時から、いわゆる「英国病」が広がるもとで、政府の財政的ないきづまりは危機的な状況に陥っていた。こうしたなかで、1979年にサッチャー政権が登場し、思い切った行政改革を推進した。行革推進の実行部隊である「レイナー委員会」は、民間手法の導入による行政の効率化をすすめ、79年から88年の間に国家公務員の定員を73万人から57万人まで減らすなど、徹底した行政の「スリム化」をはかっていった。
 こうした財政再建計画は、年間4億ポンドもの節減となり、内外から一定の評価を受けたが、さらなる効率化のために組織的な改革が急がれていた。そのために、次に何をするのか(Next Steps)が大きな焦点となった。  1988年になって、レイナー氏から引き継いだイブス氏が改革をすすめていった。イブスが指摘した改革の重点課題は、1)効率的な政策・サービスを提供するための業務の再編成、2)経験・技術・能力を備えたスタッフの確保、3)支出する経費にふさわしい効果(Value for money)であった。イブスは、これらを実現するために、その手法の一つとして政策立案部門と執行部門を分離し、各省から独立した行政機関をつくることを提言し、ただちに実行にうつされた。これがエージェンシー(Next Steps Agency)のはじまりである。

(2)組織と運営の実態

@ 機関数、種別、職員の数

 1988年の制度出発時点に30機関であったエージェンシーの数は、97年には132機関にのぼっている。職員数は、38万6千人(1997.3.31)となっており、国家公務員全体の71%を占める。
 なお、日本のような計画的な定員削減はないが、たえず効率化が追求され、定員も毎年削減されてきている。1992年に約56万5千人いた公務員は、96年には約49万4千人となり、この5年間でおよそ7万人の国家公務員が削減されている(別表参照)。

1991年 1992年 1993年 1994年 1995年 1996年
総定員 553,863人 565,319人 554,212人 533,350人 516,893人 494,292人
エージェンシー 204,445人 287,453人 335,367人 339,620人 345,342人 350,126人

A 予算執行

 エージェンシーは、各省から独立した行政機関として、独自の予算執行の権限をもっている。大蔵省から割り振られた予算に加え、手数料、申請料などが収入源であり、それらを各エージェンシーの裁量で自由に支出できることとなっている。ただし、制度上はそうなっているものの、実態としては、所属する省庁や大蔵省などのさまざまな干渉や制約からは逃れられず、公務員の削減などの政府方針に対しても、長官は服従しなければならないないとのことであった。予算獲得や実際の執行にあたっては、つねに大蔵省のカゲがちらついている点は以前と同じであることが訪問した公務員労働組合でのべられていた。
 なお、予算策定は、ZBB(Zero-Based Budgeting)という方式がとられ、昨年の予算とは関係なく、まったくゼロから積み上げて編成されるとのことであった。

B エージェンシーの長官

 チーフ・エクゼクティブと呼ばれているエージェンシーの長官は、一般的に公募によって採用される。任期は基本的に3〜5年となっている。現在、90のエージェンシーがチーフ・エクゼクティブを公募で選び、そのうち33人が民間人など外部から、54人が内部からの登用である。長官は、Framework Documentと呼ばれる「計画書」を通して、大臣と契約を交わし、年次報告書によって大臣が業績を評価するシステムがとられている。各エージェンシーからの年次報告書をとりまとめた"Next Steps Review"が「政府刊行物センター」から毎年発行されている。国民は、こうした発行物を見ることによって、エージェンシーの業績など詳細な情報を手に入れることができる。
 また、優秀な業績をあげたエージェンシーには、顕彰制度(Charter Mark)によって政府から表彰を受ける。ただし、この制度は、現実には年休を与えたり、庁舎内の「記念碑」、マーク入りのペンを配ることなどの方法がとられており、職員にとっては、たいしたメリットはないとのことであった。心理的にエージェンシー間の競争をあおることが主目的である。

C マーケット・テスティング

 エージェンシーの次の段階といわれるのが、業務の部分的な民営化をすすめるマーケット・テスティングである。マーケット・テスティングは、各省やエージェンシーのある部門の業務を競争入札にかけ、民間企業に売り渡すというもので、たとえば、経理や秘書、記録保管、給食などの業務が対象となってきた。競争入札には、民間企業だけでなく、公務部内からの参加も許されており、民間と公務でコスト削減を競争させるものとなっている。ただし、現状では、今までの6割程度のケースでは、公務部内の入札参加が認められなかった。また、公務部内からの参加が認められたケースでは、その7割程度が公務部内が落札しているとのことであった。  これまで、約36億ポンドに相当する業務が競売にかけられ、その過程で、11%の公務員が民間企業の職員となり、5%が自主的に解雇を受け入れ、2%が強制的に解雇された。民間へ渡された場合も、イギリスでは、公務員時の給与・雇用条件を保障する協約(TUPE)があり、基本的にそれまでと同等の給与・労働条件が保障されることとなっている。こうした協定によって、民間へ移った9割の職員が、給与は現状維持もしくはそれ以上の金額を支給されているとのことだった。
 マーケット・テスティングの問題点をあげると、一つには、競売にかかる多額の運営費があげられる。諸経費や外部からの顧問人の雇用などで、入札額のおよそ5%の運営費が必要とされている。二つには、専門性の問題として、民間に売り渡すことにより、職員の訓練を一からやり直す必要があることや、職場のなかで様々な民間企業から雇用されている職員が混在することとなり、一つのチームにいるという帰属意識が失われることがあげられる。
 マーケット・テスティングによって確かにコスト削減などは達成はされているが、利用者にとっては、サービスが向上したと感じているのは33%にとどまっており、労働組合も、結果として、行政サービスの質の低下が生まれていると指摘している。

(3)各エージェンシーの実態

@ 特許

 ニューポートにある特許庁は、90年3月に貿易産業省所管のエージェンシーとして発足し、ロンドンのオフィスが民間委託により運営されている。特許出願などの窓口もロンドンに残されたことから、本庁舎の移転にともなう不便さは感じられないというのが利用者側の声だった。
 エージェンシー化にあたって、政府からは、政策部門と執行部門の分離が求められたが、特許庁の業務の専門性の高さから、他のエージェンシーとは違って、例外的に分離ができなかった。したがって、政策立案は、現在でも特許庁内部で行っている。このことに関して、利用者からは、業界の意見が政策決定に反映されやすいとの利点から、歓迎されているとの意見が聞かれた。
 職員の採用形態について、特許審査官を採用する際には、大学で募集したり、専門誌や地方紙・全国紙に公告を載せて募集する。15〜20名の募集に対して、700〜800名の応募があり、書類審査と面接で選考し、2年間の試用期間を経て本採用となる。なお、審査官以外の一般職員は、特許庁のあるウェールズの地方紙に募集記事が載せられ、試用期間は1年間となっている。
 マーケット・テスティングは、これまで6つの部門が対象となり、そのうち1部門のみ公務部内が落札し、他は民間企業に売り渡された。こうした入札にあたっては、労働組合は関与できなかったとのことであった。現在の職員数は708名で、エージェンシー化当時の職員数1,060名から、7年間で約300名が削減されている。そのなかで、警備、庭園管理、電話交換などは外部委託された。
 エージェンシー化以降の利用者側の反応については、確かにサービスは向上したが、その要因としては、コンピュータ導入やニューポートへの移転などもあげられ、かならずしもエージェンシー化のみが即サービス向上につながっているとは判断できないとの意見だった。その背景として、ニューポート移転で職員の定着率が高くなったため、スタッフの質も向上しているとの指摘もある。また、定員削減にともなうサービス低下を予想したが、とりたてて利用者からの不平の声はないようである。いっぽうで、民営化に対しては、特許庁は準司法的な機関であるから民営化するべきではないとの意見が大半をしめた。
 全体的に、エージェンシー化以降は、政策決定に関して利用者との話し合いを重視するようになったことや、苦情に対して敏感になったこと、独立採算制をとることによる料金値下げなどで利用者から一定の評価を受けている。

A 登記業務

 イギリスの登記関係の行政機関は、土地登記を扱う土地登記庁と会社登記を扱う会社登記庁の2つがある。日本では、これらの機関は法務省に一本化されているが、土地登記庁は大法官省の所管で90年7月に、会社登記庁は貿易産業省の所管で88年10月にそれぞれエージェンシー化された。

1)土地登記庁

 1862年に設置された土地登記庁は、当初から独立行政機関として業務を開始し、現在ではロンドンの本庁のほか19の地区登記局を擁している。日本のように出張所などの出先機関はなく、職員数は8,167名となっている。職員の身分はすべて国家公務員で、弁護士資格を有する職員も配置されている。なお、現在の長官は公募によって採用された英国鉄道出身の工学博士で、登記実務の経験はまったくないとのことであった。
 業務としては、イングランド・ウェールズ地域の所有権・賃借権の合計約1,600万権利の登記簿を扱っているが、登記申請のほとんどはが弁護士が代行することにくわえ、電話や郵送による申請も受け付けるので、一般国民が直接登記局を訪れることはほとんどない。登記簿の処理・管理は、全体の80%がコンピュータで行われている。
 エージェンシー化当時の定員は11,617名で、約3,450名の減となっている。正規職員は約8割で、その他は非常勤のパート職員となっている。年々定員が削減されているが、機械化などによって現在でも余剰があり、最終的には7,500人でも十分だろうとのことだった。実際に、職場での仕事の様子にもゆとりが感じられた。  エージェンシー化以降、警備・食堂・印刷などが民営化されたが、登記業務のマーケット・テスティングについては、政府からの要求はあっても、いっさいノーと返事しているとのことであった。利用者からも民営化すべきではないとの声が強い。
 利用者側の反応としては、登記所はエージェンシー化前より独立行政機関として運営されていたため、エージェンシー化で大きな変更は感じていない。しかし、エージェンシー化以降は、処理時間の短縮、手数料の引き下げなどで行政サービスは改善されているとのことだったが、その要因は主に業務のコンピュータ化にあると思われる。
 登記制度・サービスの違い、さらには、イギリス人の土地というものへの考え方の違いなどから、日本とは単純に比較できないが、「スリム化」したといっても、現状でも業務量に比較して圧倒的に職員数も多く、相当大きな組織として運営されている。業務増のいっぽうで、定員を抑制し、業務の一部民間委託を実施しているわが国とは大きな違いであるとの印象を持った。

2)会社登記庁

 イギリスで2番目にエージェンシー化された会社登記庁は、カーディフにある本庁のほかにロンドンに支庁があり、「サテライト」と呼ばれる情報提供窓口が6か所設置されている。職員数は955名であり、2名の弁護士を採用している。長官は石油会社出身の民間人である。
 会社登記庁の業務は、イギリス会社約100万社の情報を登録し、利用者に提供することであり、土地登記庁と同様に、弁護士が代行して、郵送での申請が行われている。また、支庁やサテライトに設置したコンピュータ端末を利用した閲覧が可能である。その他、パソコン通信やFAXでの情報提供も行っている。
 業務の民間委託は実施していないが、大量に届く郵送物の開封・整理、業務終了後のマイクロフィッシュ(マイクロフィルム)の更新作業などの単純労働には、パート職員を積極的に雇用するなどして、効率化をはかっている。今後、コンピュータ化で業務のさらなる効率化が計画されており、将来の職員の余剰に備えるためにも、正規職員の採用を抑制し、パート職員などで対応しているとのことだった。
 今回訪問したのはロンドン支庁であったが、ここでも仕事にはゆとりが見られた。エージェンシーの自主的運営権を積極的に活用し、民間的運営手法の導入で業務の合理化を大いに推進しているそうで、職場の見学では、情報収集や利用者への効率的な情報提供に努力している様子がうかがえた。利用者からも、エージェンシー以降、行政サービスは改善されているとの声が聞けた。会社登記庁は、過去2度にわたって「チャーターマーク」を受賞しているそうで、こうした努力からもその実績はうなづける。

B 雇用サービス庁

 雇用サービス庁は、1990年4月にエージェンシー化された。雇用省と教育省が統合されて95年7月にできた教育雇用省が所管する唯一のエージェンシーであり、職員数は約31,500名で、省全体の7割以上をしめ、エージェンシーのなかでも3番目という大きな行政機関である。
 本庁はシェフィールドにあり、ロンドンにオフィスをかまえている。ロンドンに事務所を残した理由は、大蔵省や国会への対応、および、教育雇用省との連絡・調整のためであり、長官も普段はロンドン事務所にいる。本庁の下には、9つの地方事務所、120の地域事務所があり、1,030か所に「ジョブセンター」が設置されており、日本の公共職業安定所にあたる仕事をしている。
 雇用サービス庁の業務は、失業保険の申し込みや仕事の紹介などが中心で、年間1,600万人に仕事を紹介し、170万人が職を見つけ、65万人が職業訓練を受けている。失業保険の支給業務は社会保障給付庁(社会保障省)が、適用・徴収は社会保障適用庁(同)がそれぞれ受け持っている。
 失業者数に見合って予算が決められることから、失業者が減少傾向にあるので職員を増やせる予算が確保できず、この2年間、常勤職員の採用はほとんどない。昨年は、予測した失業者数を下回ったので、結果的には予算を返上したそうである。雇用サービス庁全体では、定員削減の手段として、早期退職を勧奨している。また、職員数の調整は、非恒常的職員で行っているが、年によって変動が大きく、職員の経験がいかされないことや、サービスの質の低下などの影響もあるとのことだった。
 雇用サービス庁全体の業務目標達成をめざして、各職員にも業績目標が定められている。その内容は一律ではないが、たとえば、何人就職させたか、訓練プログラムに何人送ったか、不必要な給付をどれだけカットできたかなどで評価され、業績給にも反映される。
 利用者の声を把握するために、民間会社に委託して、定期的に利用者調査を実施しているが、利用者の満足度はいつも高いとのことであった。雇用サービス庁だけでは、職員数は3万人程度だが、前述した社会保障省の関連部門の職員数を加えれば、日本の職安行政に該当する部門の職員数はもっと増える。労働力人口比(イギリスは日本の半数以下)で考えれば、わが国の職業安定行政の職員数約1万5千人と比べてもずば抜けて多く、そのことに限っても、雇用関係行政の充実度の違いが示されている。
 過去2つの地域でマーケット・テスティングが試行されたが、失業者に対しては公共部門の果たす役割が大きいということから、民営化にむけた議論は立ち消えになった。さらに、労働党に政権が交代したことからも、当面は民営化の議論が再浮上することはないだろうというのが一般的な見方だった。

(4)エージェンシーの将来と問題点

@ 労働組合の意見

 CPSA・PTCの各公務労組を訪問した際には、組合員の意識や仕事の実態にもとづき、以下のようなエージェンシーの問題点が指摘された。

●エージェンシー職員の身分はそのまま公務員でも、本省から組織的に分離されるため、どうしても公務員という意識が薄れがちとなり、そのことが民営化を安易に考えさせてしまう傾向があるとのことであった。また、かつては省内の部局間の人事交流が可能だったものが、現在は、各エージェンシーが独自に採用し、個別に賃金が決定されるもとで、エージェンシーをとびこえた異動が不可能となっている。こうしたことから、職員が他の部門の業務内容が理解できず、無関心になることや、エージェンシー間に新たなカベができ、省全体の施策が見えにくくなっていることが指摘された。そして、それらが職員の士気の低下や、エージェンシー間の職員同士のある種のあつれきを生み出しているとのことであった。

●労働条件への影響にかかわって、効率化によって残業などの労働強化がすすんでいる面も一定あるようだが、それよりも、エージェンシーごとに賃金が決定され、さらに、業績給強化により、同一職種であっても、給与に大きな格差が生まれていることを問題視しているようだった。給与の格差は、同じ職種でも月に100ポンド(約2万円)もあり、この格差がさらに拡大される傾向にあるとのことであった。また、そうした賃金の違いが、職場の雰囲気を悪くさせている面も強調されていた。
 ただ、「赤旗」イギリス特派員の石井氏からは、労働者の労働強化がストレスを招き、そのことが、利用者との摩擦となってあらわれているとして、以前より、窓口に並ぶ行列が長くなったり、利用者が短気になっている様子がうかがえるとの指摘があった。
 また、サービス低下を通り越して、国民の命と健康にまで影響がおよぶ例もある。職員の「合理化」が、効率化の名のもとに、一律的に強制されることから、消防士にまで削減がうちだされた例や、国立病院では、予算がなくなれば、簡単に病棟を閉鎖してしまう場合があるなどの実態が石井氏から報告された。その際、消防署の労働組合では、ストライキをくり返して削減反対でたたかったそうである。

●国民サービスへの影響については、行政の効率化の点で、ある税務関係のエージェンシーで、コスト削減のため税務相談の担当が廃止され、それが、その地域の納税者への負担となっている例などがあげられていた。しかし、全般的には、今回訪問した2つの労働組合とも、一定のサービス低下はあっても、それはエージェンシー化そのものが引き起こしたとは考えておらず、エージェンシー制度には、良い面、悪い面の両面があるとして、全面反対の態度をとっていないことであった。むしろ、エージェンシーによって、コスト優先の民間的な経営手法が強化され、市場原理や競争意識が公務に持ち込まれ、それによって毎年、職員の削減など効率化が強制されていることなど、導入の過程や手段に大いに不満を表明していた。
 また、それらの民間的経営手法が、職員の意識を変えさせ、民営化への不安感や次の段階である民営化をより容易にしていることなど、職員に対する精神的な影響が各労働組合から述べられ、長年つづいた保守党政権のもとで、行政改革の比重が民営化へと移っている点に公務員労働組合としての危機感を持っていることがうかがえた。

A 学者の指摘

 マッケルダウニー教授からは、エージェンシーの責任性の問題点や、今後のエージェンシーの方向性などにかかわった意見を聞くことができた。
 そのなかで、ある刑務所(エージェンシー)における受刑者の脱走について、大臣が所長に責任を負わせ、その所長を大臣が政治的な圧力をかけて辞めさせようとした例を示し、エージェンシーは形式上独立性を持っているが、常に政治的な介入が行われる弱点を持っているとの指摘があった。つまり、エージェンシーの制度的な原則は、政策的な部分は大臣が責任を持ち、日常的な業務についてチーフエクゼクティブが全面的に責任を持つというものであり、この区別がなされなければならず、エージェンシーの運営に政治的な介入を許してはならないとされる。
 いっぽうでは、両者の責任は混ざり合っている場合もあり、こうした責任の分離は無意味との議論もあり、チーフエクゼクティブは大臣に責任を負い、大臣は国会に責任を負うという基本原則を変更し、チーフエクゼクティブ自らが国会に出て、特別委員会が責任を追及すべきとの意見もある。しかし、マッケルダウニー教授は、これはチーフエクゼクティブの政治化へとつながり危険であって、必要なことは公務員であるチーフエクゼクティブの政治的中立性の確保であり、チーフエクゼクティブに対して政治的な介入ができないようにすることが重要であって、大臣の責任として追及をすべきことを強調した。この政治家と公務員(官僚)の関係についての指摘は、日本の「族議員」の行政への干渉にもつながるものであり、非常に興味深い点である。
 エージェンシーの現状にかかわる評価として、教授は、サービスは改善され、質的な利益もあり、行政改革に成果をあげたと一定評価している。しかし、問題点としては、今後、エージェンシーで働く職員が増え、2000年には全体の95%までになることを予測したうえで、政策・立案部門を受け持つ「純粋な公務員」が10%〜5%へと減っていく段階で、行政内部の秘密性が濃くなり、政策決定がオープンにならない問題点がでてくることをあげ、情報公開の必要性を強調した。
 さらに、イギリスの公務員労働者に対する評価について、伝統的にイギリスにおいては、専門性を重視しない採用方針がとられていることもあって、イギリス人は、仕事に対しては、アマチュア的で、「朝はクリケットで遊び、昼から適当に仕事をする」と揶揄されるような面があるとして、これを変えて専門性を確保するような根幹的な改革に取り組む方向が今後でてくるだろうと予想した。
 そのうえで、サッチャー以降、一定の改革はなされたが、行政や公務員をとりまく文化が変わっていない。それを変えていく必要がある。新しい公務員制度確立にむけて、ブレア政権のもとでラジカルな方針が生まれるよう期待しているとのことだった。

4、各国における民営化の実態

 エージェンシーは、あくまでも組織の「外庁」化であり、業務運営に民間的手法はとりいれられてはいるが、完全な民営化ではない。イギリスをふくめて、ヨーロッパ各国では、財政再建のため、公共部門の民営化がすすめられている。ドイツの調査結果もまじえながら、民営化の実態について示す。

(1)イギリスの民営化の実態

@ 民営化の手法

 イギリスでは、機関全体・一部の民営化、あるいは、民間委託などさまざまな手法がとられ、公的機関の民間への移行がすすめられている。具体的には、@公的領域内の業務を民間企業との協定のもとで遂行する(Outsorcing)、A公的実務を競売にかけ、公務と民間との間で競争入札にかける(Market Testing)、B政府の所有権を民間企業・団体に売り出す(Trade Sale)、C本来公的機関が供給する事業を民間企業に委託する(Finace Initiative)などの方法があげられる。

A 民営化の現状

 イギリスでは、1992年から16の行政機関が民営化されている。こうしたなかで、公務員労働組合は、安易な民営化には反対するとの立場をとっている。その問題点として指摘されているのは、たとえば、実質価値の半分にも満たない5,400万ポンドで民間に売却されたHMSO(政府記録、国会議事録を作成する機関)の「たたき売り」の実態や、まったく関連性のない企業の経営参加による弊害をあげている。英政府との契約7.5%を誇るEDSという企業(アメリカのコンピュータ会社)が、銀行業務の経験がないにもかかわらず、給与支払い機関(Payment Agency)業務の入札に成功している。
 航空管制業務は、96年4月から、英国航空局から分離した民間企業のサービスとして実施されている。職員の処遇も若干は改善されたとのことだったが、航空路管制業務を実施する職場を3か所から1か所に集約する計画がすすめられ、「合理化」と職場の労働強化が現実問題として進行している。管制官も加入する公務員労働組合(IPMS)では、現在でも管制業務の民営化には反対しており、対外宣伝などの取り組みも積極的にすすめている。
 職員・利用者の意識としては、労働組合(CPSA)の調査では、97%の公務員が民営化への過程が非道徳と感じている。さらに、利用者にもあまり好感を持たれておらず、たとえば、「教員年金」(TPA)の民営化は、その検討段階で、学校長など有力な教育関係者の意見を聞いたところ、131人中128人が反対したとのことだった。

(2)ドイツの民営化の実態

 @ 民営化の手法

 ドイツにおいては、現状では、エージェンシー化の構想は見られない。しかし、民営化では、ドイツ連邦鉄道が1994年に東西会社を統合して民営化したほか、郵便・電話も民営化されている。ドイツ鉄道では、在職中の職員は、民営化後も公務員の身分が保障され、給与の一部は連邦政府から支給されている。鉄道の累積赤字は700億マルクといわれ、不動産の売却や国民負担で解消する計画となっている。
 また、電話交換手や運転手、守衛など一部業務の民間委託のケースはなく、モデルケースとして、各州レベルでは、清掃局など一部門を民間に出す自治体もあるとのことだった。これらは、マーケット・テスティングのドイツ版であり、公務と民間とで競争入札が行われる。自治体のバス路線を新しくつくる場合には、競争入札を強制する法律が2年前に制定されている。その他、各地方自治体は、New Public Managment といわれる方式で、経営学的な見地からの節約をはかっており、職員の削減もすすめられている実態などを自治体研究機関(KGST)から聞くことができた。

A 国家公務員の定員削減

 ドイツ公務員の数は別表のようになっている。国家公務員は前年とくらべて2%の定員削減となり、地方をふくめた公務員全体では、2.8%の減となっている。東西ドイツ統一後、この数年間、ほぼ同程度の削減がつづいており、今後も引き続き公務員を減らし、統一前の水準にもどしていく計画である。定員削減は、非常勤(パートタイム)職員に変えることや、組織的な統合・廃止などの方法によって行われている。

1996年 1995年 増 減
連邦(国家公務員) 54万人 55万人 -13,000人
243万人 244万人 -15,000人
市町村 169万人 174万人 -51,000人
合 計 466万人 473万人 -79,000人

B 業務改革法

 1997年7月より施行される同法は、行政改革を目的として制定されたものであるが、その内容は、公務員制度における能力主義強化をふくむものとなっている。具体的には、点数制によって、各職員の勤務評価を行い、その点数で昇給していくしくみとなっており、日本の特別昇給制度と似ている。点数をつけるのは、直属の上司であるが、不公平・不公正がおきないように、労使代表による「職員委員会」で運用の基準策定の作業をすすめているとのことであった。
 今回の新評価制度の導入に対して、職員間の競争につながるという点から大きな問題を持っているとして、公務員労組(DBB)は反対姿勢を強めている。DBBとしては、こうした制度は部分的な行革にすぎず、総合的かつ近代的な行革をすべきと主張している。

C 国民への影響

 民営化による国民・住民への影響としては、たとえば、郵便局の廃止により、僻地の住民が遠くへ足を運ぶ不便さや、鉄道のローカル線廃止などがあげられる。こうした動きには、地域の住民から一定の反対運動もあるが、EU統合にむけて財政再建に努力する国民意識も背景に、一般的には国民は受け入れる方向にあるとのことだった。
 また、国家公務員の定員削減に対するドイツ国民の不満・不安の声を掘り下げてみたかったが、KGSTでは、国(=国家公務員)は法律を作成するだけであり、法律の運用方法を考えるのは、各州や各自治体であり、国家公務員の数が減っても住民には関係ないとの見解だった。国と自治体との関係が日本とは根本的に違い、自治体が政府に対して「意見書」をあげる制度もない。住民が国の政策に対して不満があれば、地方自治体ではなく、「苦情処理委員会」を通して意見を言うことができる。

5、ドイツの行政組織について

(1)雇用関係機関

 ドイツの連邦雇用庁は、本部をニュルンベルグに置き、11の州雇用庁の下に184の職業安定所が設置されている。また、人口の多いところには職安の支所も設けられている。全国の連邦雇用庁の職員数は、約9万5千人で、日本の職安行政の職員数とくらべてはるかに多い。
 雇用庁全体では、失業保険(扶助)給付、職業あっせん、職業訓練などのほか、不法就労の取り締まりなどの業務も担当している。州雇用庁では、本庁と職安の調整、職安の指導・監督などを行い、職業安定所は、求職者への窓口を開き、日常の実務を執行している。今回訪問したフランクフルト職安では、3万7千人の失業者への手当給付や、求職相談、BIZと呼ばれる卒業前の学生を対象とした職業相談のほか、児童手当も扱っている。
 雇用庁では、「2000年の職安」と題した新しい改革をすすめており、そのコンセプトは、利用者指向のサービス、効果性と経済性、職員の満足感・やりがいの追求などである。こうした思想のもとに、チームワークを基本とした統一した業務処理による、利用者へのサービス向上をめざしている。たとえば、フランクフルト職安では、職業あっせん部と給付部を統合して業務を行っているとのことだった。ただし、実際には、日本で紹介と雇用保険の認定を一体のものとして扱うこととはイメージが違っており、職場も紹介と認定のドアは通じておらず、システムも別々になっているようであった。
 予算に関して、歳入の財源は保険収入が中心で、連邦政府からの補助金も出されている。しかし、緊縮財政のもとで今年度の補助金は42億マルクと、前年度とくらべて95億マルクも削減された。ただし、予算が不足すれば、連邦予算で義務的に補填されることが憲法で定められている。定員削減について、計画的な人員削減はなく、コンピュータ導入の結果として人が減るという可能性はあるだろうとの話だった。
 また、ドイツでは、94年に民間職業紹介事業の自由化がはかられたが、その後2年間の民間の職業紹介会社の実績を見ても、公共職業安定所の優位性がはっきりしており、かつて出ていた職安の民営化の意見も、今ではほとんどきかれないようである。
 430人が働くフランクフルト職安(本所)の職場の環境は、5階建て4棟、4階建て1棟の堂々とした庁舎に囲まれ、およそ日本の職安のイメージからはかけ離れたものだった。職員はすべて個室を持ち、相談者のプライバシーが守られるように工夫されている。各自の部屋のレイアウトも自由で、職員の表情からものびのびとした雰囲気が伝わってきた。訪問者にとっても利用しやすい工夫がされ、庁内には随所にコンピュータの端末が配置され、求職者は自由に操作して、求人情報を入手できる。求職を目的としていれば、利用者が庁内からかける電話料金も無料である。
 高額な雇用保険料というマイナス面もあるが、10万人にせまる職員数のもとで余裕をもって職安行政にあたっていることには、羨望すら感じた。また、「2000年の職安」の改革プログラムも、まだ入口をくぐった段階であり、職員の業績評価制度も7月から新たに導入されることなど、イギリスと比較すれば、行政改革の本格化はまだまだこれからといった印象を受けた。

(2)登記関係

 ドイツにおいては、土地登記事務は裁判所で取り扱っており、州が管轄するすべての区裁判所で登記業務を行っている。登記諸法制は連邦法で規定しているが、その執行は州および自治体に任されているため、手続きについても州ごとに若干の相違が見られる。登記業務にどどまらず、連邦法にしたがって、州・自治体が独立した行政運営を行っている。司法職員も州の公務員である。
 今回調査に入ったケルン区裁判所登記行政部の人員構成は、登記判事1名、司法補助官20名、行政部官15名、登記簿記載者39名であり、事務の運営は、主として司法補助官が取り扱っている。登記手続きは、一般の申請人が行うことはほとんどなく、「公証人」が代理となり手続きのため裁判所に訪れている。手続きあたっては、手数料を徴収しているが、独自の会計制度を持っていないため、その収入は州の一般会計に入り、事務諸経費は州の一般会計から支出されている。
 職場の実態は、近年登記事件が増加してきているにもかかわらず、増員が望めないために、登記業務のコンピュータ化を計画しているが、まだ本格運用に入っている州はないとのことだった。登記処理には平均約3か月もかかるそうで、事件の増加とあわせて、コンピュータが導入されても、急激な変化は望めそうになく、さらに、ケルン区裁判所では、庁舎も狭く、コンピュータを設置するスペースを確保できないなど、今後の業務展開に懸念する声が聞かれた。
 民営化の動きは耳にしなかったが、行政改革の流れのなかで、裁判所では、国全体で2003年までに1,300人を削減しなければならないとのことで、そのために登記業務のコンピュータ化の促進と、その他の業務のOA化によって、人員削減後の業務体制を維持するとの方針をたてている。

(3)行政改革にかかわる動き

 省庁再編について、ドイツでは、現在、首都機能をボンからベルリンに移す事業がすすんでおり、それにあわせて行政をスリム化する方策が考えられている。その際、本省庁の統合や削減・再編などが考えられている。こうした計画は、1990年代の終わりから2000年代のはじめまでにすすめる見通しにある。ただし、かつて、通産と大蔵省が統合し、「スーパー省」をつくったような巨大省構想はないとのことであった。
 数年間つづく不況、400万人もの失業者にくわえ、経済のグローバル化による企業競争の激化で、ドイツ国内企業の倒産や業務整理・縮小がつづいている。公庫も、東西ドイツの経済を調整するという目的により、財政的に困難な状態となっている。ドイツでは、間近にせまったEUの通貨統合にむけて、財政再建は至上命題であり、行政改革による予算の節約・削減は急務の課題となっている。
 そのなかでも、行政組織の簡素化がさかんに言われている状況にあり、公務員労働組合も積極的に政策を対置する方針をとっている。DBBでは、「コンセプト」を発表し、そのなかで、市場コストを考えた行政手法の導入、計画経済から市場経済へと変えること、コストに対応した行政サービスの向上などの政策を国民に示している。

6、国家公務員労働者の労働条件

(1)イギリス

@ 公務員庁(Office of Public Service;OPS)

 基本的には、給与、手当、勤務時間、休暇、パート採用などは、各省・各エージェンシーに裁量がまかされている。全体的な枠組みを決めるのが、OPSの役目であり、公務員の労働規範、懲罰、安全衛生、余剰解雇(redundancy)、上級職の採用などを「公務員管理コード」によって規定している。
 いずれの労働条件も、使用者が一方的に変更できず、労働組合との事前の協議が必要であり、労使の合意を基本とする。したがって、人事院勧告制度などはないが、OPSは、日本でいえば、総務庁と人事院を一体化したような組織ともいえる。

A 採用制度

 以前は、中央でワクを決め、一括して採用していた。しかし現在は、各省庁・エージェンシーの業務に見合って、採用を決定できるシステムがとられている。したがって、同じ省内でも、エージェンシーごとに採用の方法が異なっており、採用の時期もとくに統一されておらず、職員の空きがでれば、その都度公募する。ただし、これらは一般職員にかかわるものであり、上級職の採用は、現在も中央で一括して行われている。上級試験を実施する機関は、1996年に民営化されている。
 各エージェンシーには、採用にあたっても独自の裁量が任されており、規模の小さなエージェンシーなどは、各省ごとに一括して採用試験を実施するが、大きなエージェンシーは独自で実施している。公務員の募集広告は一般新聞などにも掲載され、場合によっては、日本の「リクルート」のような就職紹介企業を利用しているエージェンシーもあるとのことだった。

B 賃金・手当

 賃金は、すでに述べたとおり、各省・各エージェンシーごとに労使交渉により決定される。現在の上級職の初任給は、月額約22万円となっている。イギリスでは、サッチャー政権下の行政改革と並行して、それまでの年功賃金から、業績給中心に賃金制度を大きく改変させてきた歴史がある。現在では、業績給が定着し、その評価制度は、各省・エージェンシーごとに個別のシステムを持っている。ただし、民間賃金とのバランスや働きがいがある給与水準を維持するために、統一的な基準が設定されている。昇格は、9段階のグレード制がとられ、グレード1が最高で、上級職はグレード1〜5に格付けられる。
 手当は、超過勤務手当や監督手当、休日給などがあり、地域的な手当として、ロンドン手当などがある。ロンドン手当は、年間約36万円が支給されている。手当の性格は、ロンドンでは、「ビール1パイントで50ペンス高い」と言われている物価の高さを補填するもので、日本の調整手当にあたる。
 賞与・一時金は制度的には存在しないが、例外的に各省ごとに報奨金もあるようで、たとえば特許庁では人件費の0.2%がボーナスとして予算化されており、長官が運用を任されているとのことだった。

C 勤務時間・休暇

 勤務時間は、各職場でフレックスタイム制をとっている。コアタイムは、10〜12時と、午後2〜4時となっており、各自で勤務時間を調整する。残業規制について、労働法では、週に40時間をこえて残業させることはできないと規定している。
 年次休暇は、グレードや勤務年数によって異なるが、採用初年度は30日間で、その後は、最高6週間まで増えていく。長期の病気休暇には、連続する12か月のうち、6か月は全額、その後は半額の給与が支給される。ただし、採用初年度には適用されない。出産休暇は産前産後14週間、無給の育児休暇は最高52週間となっている。
 女性への保護規定は、均等法以外には見あたらず、深夜労働の強制の可否について、労働審判所(日本の中労委にあたる)で争われた例があったとのことだった。

D 非常勤職員

 「カジュアル」(臨時職員)と呼ばれる非常勤職員は、病欠の補充などで雇われているが、むしろ安上がりの労働力供給の手段となっており、常勤的に長期に勤務する場合でも、公務員としての身分的な保障を受けない不安定雇用の問題点が公務員労組から指摘されていた。
 労働組合として、組織化にも積極的だが、長期にわたってつとめないからとの理由で、一般的には組合加入には消極的であり、残念ながら非常勤職員の組織率は低いとのことであった。

E ストライキ

 労働法上は、公務・民間の違いはなく、公務員も労働基本権が完全に保障されている。ただし、サッチャー時代に労働組合に対する規制が徹底的に強化され、そのため、ストライキの行使にあたっては労働法で厳密に規定されており、「支援スト」や「政治スト」など、直接の労使関係以外の要求を掲げるものは非合法という厳しい制限がつけられている。
 こうしたもとで、公務員労働組合としては、ストライキは最後の手段であり、集会・デモをはじめとした国民へのアピールなど、ストライキ以外のたたかいを重視しているとの意見が聞かれた。

(2)ドイツ

@ 公務員の区分

 憲法にあたる連邦基本法には、公務員にかかわる統一的な定義はないが、一般的に、Beamte(官吏)、Angestellte(職員)、Arbeiter(労働者)の3つに区分されている。官吏は、連邦官吏法などの法律で労働条件が決定され、職員・労働者は、労使交渉に基づく協約によって定められる。
 業務の区別としては、原則として、官吏は、一般行政各部門の公権力の公使にかかわる部分を担当し、職員・労働者は、それにかかわらない部分を担当する。おおむね、職員は事務的な業務、労働者は労務作業、特殊技能を必要とする業務についている。
 官吏・職員・労働者それぞれの現在の人数は、下表のとおりである。

1996年 1995年 増 減
官吏(Beamte) 156万人 154万人 +18,000人
職員(Angestellte) 214万人 219万人 -50,000人
労働者(Arbeiter) 77万人 81万人 -43,000人

A 賃金・手当

 公務員の賃金は、民間に比べて水準は低い。しかし、官吏は、社会保険料がゼロであり、退職後の恩給制度も保障されていて、実際には民間よりすぐれているとの批判的意見も国民のなかに見られる。くわえて、民間とは違って、一方的に解雇できないという身分上の優位性も、公務員批判のマトとなっているようである。いっぽう、職員・労働者は、社会保険料を労使折半で納め、恩給制度もない。このことから、同じ公務員でも官吏(Beamte)は、かなり優遇されている。だたし、恩給制度にかかわって、70年代に大量の官吏の採用があったため、近い将来これらの人たちが一斉に退職したときに、果たして恩給を支給できるかどうかわからないそうである。
 民営化された職員も、「間接連邦官吏」として、公務員と同じ身分を持っており、ドイツ鉄道のように、一部国から給与が支払われている。また、国も地方も、公務員は連邦官吏法によって同じ権利を持っている。なお、官吏は、国から地方への異動を容易にするために、同一給与、同一労働条件が保障されている。

B 勤務時間・休暇

 勤務時間は週に38.5時間となっている。フレックスタイム制をとっている行政機関もあり、職業安定所の例では、コアタイムは、月曜日から木曜日までが8時から15時30分まで、金曜日は14時までと決められている。その範囲内で、職員は個別に勤務時間をやりくりできる。
 繁忙時には残業することもあるが、ただし、ドイツでは残業手当というものがないそうで、そのかわりに、代休を付与しているとのことであった。
 年次休暇は、賃金等級と年齢によって休暇日数が異なるが、おおむね、30歳未満が26日、30歳以上が29日となっている。その他、病気休暇、特別休暇、介護休暇などの制度がある。

C 労働者の権利

 ストライキ権は、職員・労働者については、公務としてとくに制限を加える事情もなく、民間と同様に保障されている。官吏については、ストライキを直接禁止する規定はない。しかし、連邦官吏法が策定される過程で、当初は、ストライキ禁止規定が盛り込まれていたにもかかわらず、審議の過程で、「それは当たり前であり、記述の必要なし」として削除された経緯があり、事実上、官吏のストライキは禁止されている。

7、福祉・医療、社会保障制度など国民生活の実態

(1)イギリス

@ 国民生活の後退

 長期にわたる保守党政権のもとで、イギリスでは、福祉・医療などさまざまな社会保障制度の改悪が強行されてきた。医療制度では、患者負担の引き上げをはじめ、保健省の14地域局・200分室を、8地域局・100分室に削減するなどの組織の切り捨てとともに、市場原理による国立病院の独立採算制の導入、給食・洗濯などをマーケット・テスティングによって民間に売り渡すなどの方法で、国立医療の後退がおきている。
 年金では、女性の支給開始年齢60歳から65歳への引き上げ、報酬比例年金の金額引き下げ、賃金スライドから物価スライドへの変更などがこの数年間で行われている。また、200万人の失業者がいるもとで、失業手当が求職者手当に変わり、同時に給付期間が、1年間から6か月へと切り捨てられるなど、労働者・国民犠牲の諸施策が強行されている。

A 労働党への政権交代

 保守党による福祉切り捨て政策のひどさに対して、国民からの批判の声は高まっていた。なかでも、求職者手当の支給期限を12か月から6か月へと一気に減らしたことには大きな反発があった。中産階級やエリートサラリーマンなど「無党派」層のなかには強い雇用不安があり、保守党政権では、生活がなりたたないという危機感が国民の間に強まっていた。こうした国民の不満や怒りのエネルギーが政権交代をつくりだす原動力となっている。
 くわえて、労働党自身が変わったことも政権交代の要因となった。かつての労働組合依存の体質から脱却し、5月の総選挙では「ニュー労働党」を前面にうちだした。政策面においても、労働組合を優遇しないとの態度をとっている。これらを社会的な背景にして、小選挙区制のもとで政権交代を実現させた。
 労働党への国民の期待については、保守党時代の「負の財産」が残っているが、国民の期待は大きいといわれている。選挙における公約をどこまで守れるのか、国民は期待して見ている。いっぽう、労働組合の反発が今後吹き出すことは避けられず、その対応が重要な課題とみられる。すでに、能力のない教員はやめさせるとの労働党の政策に対して、教員組合の反発をまねいている。いずれにしても、2年間は保守党の政策を引き継ぐとしていることから、期待はしつつも、一気に大きな変化は望めないというのが国民の一般的な見方であった。

(2)ドイツ

@ 財政改革の基本的視点

 ドイツでは、96年3月に「財政政策2000」と題した財政政策を発表し、2000年までに一般財政赤字をGDPの1%以内に削減するとしている。その方法は、歳入増を避け、徹底した支出減をはかるというもので、そのために、社会保障関係費や補助金の削減が打ち出されている。
 とりわけ、「あまりにも高い社会保障レベルは、民間のイニシアチヴと自己責任を欠如させ、公共の精神をむしばみ、人々に現状維持の考え方を浸透させる。これは、市場経済システムの基本原則に全く反する」として、国民の自助努力が強調されている。
 こうした基本的視点のもとで、EU統合に目標を置き、ドイツ国内の各分野において、財政抑制が徹底してすすめられる現状にある。

A 福祉・医療制度、失業保険の「改革」

 年金制度では、92年の改革により、身障者や女性に対する「早期受給年金」の段階的廃止、給付水準の賃金スライドから可処分所得スライドへの移行、保険料免除期間の短縮などの措置がとられた。また、医療保険では、「負担可能な保険料率の範囲内で必要最低限の給付を行う」として、1989年に自己負担10%が導入されている。あわせて、医療の「供給側の改革」として、診療報酬引き上げ幅の抑制や定年制による保険医数の制限なども行われてきている。
 また、失業者の増大によって、連邦雇用庁の総支出は、1990年の414億マルクから、95年には971億マルクへと2.3倍にふくれあがっている。これに対処するため、失業給付金の引き下げや、無期限だった給付期間を1年間に限定するなどの制度改定が実施され、徐々に予算が削減されてきている。
 95年4月から導入された介護保険については、国庫負担はなく、保険料率は1.7%となっている。日本での導入をひかえて、今回の調査のなかでも、先行するドイツでの制度の実態調査を重視していたが、訪問した労働組合、研究団体ともに、国や自治体は直接関与していないので関係ないとの回答であり、いささか不十分な結果となった。

8、まとめにかえて

 今回の海外訪問の焦点であったイギリスのエージェンシーの調査は、広範囲の人々からの意見聴取や現場の実態視察によって、十分とは言えないまでも、予想した以上の成果を得ることができた。調査を終えて感じたいくつかの問題意識を示して、報告のまとめにかえたい。

■政策・執行部門の分離で行政切り捨てが容易に
 まず、イギリスにおけるエージェンシー化のねらいはどこにあったのかという点である。それは、単に省庁を「外庁化」するという組織の変更ではなく、その過程で、市場原理やコスト主義、民間的な経営手法、さらには、職員間の競争意識を徹底して公務の場に持ち込むことこそ、エージェンシー化の最大のねらいであった事実を正しく見ておく必要がある。
 また、効率化やコスト削減をはかるために、国の仕事を政策部門と執行部門に分離することで、出先機関など国民ともっとも密着した部分の行政切り捨てをより簡単にさせている傾向も、エージェンシー化以降の特徴としてあげられる。たとえば、カネがないというだけで国立病院の病棟閉鎖が検討されたり、予算削減のため税務署の窓口が簡単に廃止されるなど、住民にとってはたいへんな犠牲が強いられる業務の変更が、いっさいの政策的議論抜きで、いとも簡単にできてしまうというところに危険性が潜んでいる。
 いっぽうでは、利用者からは、エージェンシー化でサービスが向上したとの声も聞かれたが、すでに明らかなように、それは、積極的な機械化の導入によって事務処理のスピード化をはかったり、それまでの業務を徹底的に見直し、行政サービスをいかに向上させるのかとの観点で仕事のやり方を改めていった努力の結果であって、エージェンシー化即サービス向上では決してない。

■外国のものまねでは改革はできない
 制度・慣習の違い、国民意識の違い、職員の仕事に対する姿勢の違い、業務のシステムの違い、さらに、行政の責任にかかわる考え方の違い等々、実際に足を踏み入れて感じたことは、国家間の大きな隔たりである。結論的に言えるのは、外国の制度を模倣して、単に枠組みだけをつくったとしても、決して本当の行政改革にはつながらないことである。
 何よりも明確な違いは、各国と比較しても、日本の公務員が決定的に少ない点である。ゆとりのある広いオフィス、残業もさほどなく、どこの職場に行っても、職員の間にはゆったりとした雰囲気が感じとれた。職員一人あたりの処理件数も、日本は数倍をこなしている。各国とも効率化の名のもとに人が減らされているとは言え、日本のように「乾いた雑巾をさらに絞りあげる」ような一律で計画的な定員削減の方法はとられていない。  さらに、イギリスの「マーケッティング・テスティング」も、日本では、すでに民間委託や外注化という方法で、競売にもかけられることなく、着々と実態的に導入されている。政府みずからが、他国と比較して、日本の公務の効率的執行を誇るほどに達しているなかで、外国のものまねがなぜ必要なのか。  いま求められているのは、日本の行政の問題点がどこにあるのか、行政のゆがみや財政のムダ使いをいかにあらためるのか、そのためには何をすべきなのかを明らかにすることであり、真の行政改革を求める声をいっそう大きくしていく必要がある。

■成績主義の強化への危惧
 イギリス・ドイツともにあらわれている業績評価制度の強化について、各国の公務員労働組合から、一様に不満や反対の意見が述べられていた点は特徴的であった。重要なことは、こうした成績主義強化、競争原理の導入は、職員の仕事への意識までも変えてしまうことである。労働組合は、士気の低下や職員間のあつれき、公務職場に働いているという意識の希薄化などを指摘し、さらに、そのことが民営化さえも安易に考えさせてしまう傾向が生まれていると危惧している。この点は、「行革」と並行してすすめられている日本の公務員制度の改悪の動きとも関連して、重要視すべき問題である。

■国民とともにたたかう姿勢を重視
 

最後に、各国の労働組合が、それぞれの政策や運動への支持を国民に訴え、国民と連帯・共同してたたかう姿勢を最重視しており、そのことは特筆すべき点である。イギリスのCPSAのフリン氏は、「公共サービスの民営化が国民にどう影響をあたえるのか、公務員労働者がどうかかわっているのか、それを国民に理解してもらう。国民との連携のもとで運動をすすめることが重要だ」と述べていたし、PTCのマッコウスラン書記次長も、国民を味方にして、国民的な支持を追求すべきであることをくり返し強調していた。このことは、国公労連が基本戦略としてきた「大運動」路線と相通じる点であり、あらためて、幅広い国民の支持のもとに、国民本位の行政改革のたたかいを大きくすすめていく重要性を痛感した。おかしな話だが、海外に行ってみて、わが国公労連の方針の正しさを再認識したしだいである。
**************
 幸運にめぐまれ、チャンスよく政権交代直後のイギリスを今回訪れることができた。労働党政権をつくり出したのは、保守党による福祉切り捨て政策への国民の不満や批判のエネルギーであったことは言うまでもない。いま、日本では国民犠牲の「橋本行革」が共産党をのぞいた「オール与党」のもとですすめられようとしている。こうした悪政を止めることができるのは、やはり国民の力に違いない。悪政阻止、政治革新の課題ともむすびつけて、国民本位の行政確立のたたかいを、強く大きく発展させることが求められている。
(おわり)


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